幸せな思い出と絵
月曜日の朝。
目が覚めると何か音が聞こえてきてカーテンを引いて外を見てみると、辺りは暗く雨が降っていた。
そんなに強い雨じゃなかったので、通学に関して困ることはなかったが気持ちが晴々としなかった。
金曜日は恋愛相談室を出て絵梨佳は何処にも寄らず真っ直ぐ家に帰った。
家にはやはり絵里子ただ一人しかいなく絵梨佳は急いで2人分の夕食を作った。
昨日の残りや簡単なおかずを作って、腹ぺコだった絵里子のお腹を満腹にさせた。
夕食後はお風呂に入ってすぐに就寝したが、いろいろなことがあって興奮しているのか中々寝付けなかった。
土日もずっと告白の返事をどうするのか考えていた。
電話をして呼び出して返事をしようか、それとも電話でそのまま返事をしようか、それとも月曜日の放課後に呼び出して返事しようか。
4月から通う高校で出た宿題の絵と平行にずっと考えていた。
考えていたらいつの間にか寝たり、ご飯の支度をする時間になったりした。
そんな感じで過ごしていたらもう月曜日になっていたというオチ。
折角の土日の時間を無駄に過ごした気がして絵梨佳には少しショックだった。
こうなったら今日、何が何でも盛岡を呼び出してこの想いを伝えると心に誓う。
心に誓ったのはいいが、絵梨佳には攻略するのに難しそうな一番大きな壁があった。
―今日はどうやって呼び出そうか。
木曜と金曜は向こうが話しかけてきてくれたからよかったが、多分今日は話し掛けてくれないと思うから、今日は絵梨佳から声を掛けなければならない。
でも、話し掛けれたとしても次に大きな壁、盛岡にちゃんとこの想いを伝えられるのだろうか。
今からもう緊張しているのか左の方にある心臓が煩く聞こえる。
まだ本人にも会っていないのに盛岡の顔を思い浮かべるだけで顔も少し熱くなって、盛岡に告白する恥ずかしさが込み上げてくる。
こんな様子の絵梨佳を絵里子に見せたら不安にさせてしまうかもしれない。
起床時間が絵梨佳より遅いことに少々感謝した。
―どうやって返事をしよう…。
返事するならやっぱり誰にも聞かれないように2人っきりになって言いたい。
今日の予定は確か式練と学級活動の半日授業だったはず。
だから、帰り際に話し掛けてみんなが帰るまで残ってもらい、そのまま返事をすればいいかもしれない。
うまくいくか不安だが、やってみないと人生はわからないと誰かが言っていたような気がした。
頑張ろうと呟くと、あともう少しで着なくなる制服に着替えて朝食の用意を始めるためにキッチンへと向かった。
絵里子を送り出してから学校へ行くと、校門のところに歩深が立っていて絵梨佳を見つけると手を振ってきた。
歩深が校門に立って待っていることなんて一度もなかったので驚いたが、自然と笑みが出て手を振り返した。
「おはよう、あゆ」
「おはよう。今日は頑張ってね」
予想は的中だった。
相談だけでなく応援してくれる歩深に心から感謝したくなった。
でも、まだ想いを伝えられていないから応援してくれる歩深への感謝は後回しだから今は頷くだけ。
絵梨佳の気持ちがわかったように歩深は頷き返してくれた。
歩深と一緒に絵梨佳はあと少しで通らなくなる校門を通り校舎の中へと入った。
行きなれた下駄箱に行って自分の番号が書いてある枠から上履きを取り出すと、上履きの中に綺麗に折られた紙が入っていた。
不思議に思いながら絵梨佳は綺麗に折られた紙を取り出して上履きを履いて、外靴を上履きが入っていた段の下の段に入れた。
綺麗に折られた紙の裏表を見てみたが何も書いていなく、中身を見ないと内容がわからないようになっていた。
「どうしたの?絵梨佳」
「あゆ、上履きの中にこんなのが入っていた」
「盛岡からかもしれないわ。あとでこっそり読んだどう?」
「う、うん」
歩深の口から盛岡という苗字が出たらまた顔が熱くなったような気がした。
この様子じゃ、式練の校歌の伴奏をまた弾き間違えてしまいそうだ。
万が一メロディーを忘れたときのために校歌の楽譜を鞄の中に入れていたことにほっとした。
歩深といつものように話しながら教室の中へ入ると、3人の男子と一緒に話している盛岡を見つけた。
思わず盛岡を見つめそうになったが、見ないようにして鞄を机の上に下ろして、手に持っている上履きの中に入っていた綺麗に折られた紙を丁寧に開いた。
『放課後、3−3の教室で待っていて下さい』
3−3の教室といえば絵梨佳のクラスのことだ。
宛先人の名前が書かれていないが、歩深が言った通りきっと盛岡からだろう。
これで想いを伝えられると思うと、なんだか嬉しく思えた。
「宛先、やっぱり盛岡だった?」
鞄を置いてきた歩深が聞いてきた。
「何も書いていないけど、多分そうじゃないかな?ほら3−3の教室で待っていて下さいって書いてあるし」
「……」
持っている手紙を歩深見せると、歩深は黙ってその手紙をじっと見つめていた。
黙っている歩深に絵梨佳がどうしたのと訊くと、歩深は手紙を見つめたまま口を動かした。
「…絵梨佳、盛岡に確認をとってみて」
「えっ!?な、なんで?」
「いいから確認しなさい」
「む、無理言わないでよ!まだ心の準備が…」
いきなり盛岡に話し掛けることを言われた絵梨佳は頭の中がパニックになった。
絵梨佳がパニックになっても歩深は気にせずじっと手紙を見ていた。
何かあるのだろうか絵梨佳は不思議に思いながら盛岡の声がする方に顔を向いた。
盛岡の周りにはやっぱり3人の男子がいて、しかも盛岡は奥の方にいるから話し掛けるには気まずい雰囲気だった。
それに今話し掛けたらからかわれるかもしれないから絵梨佳には困難だった。
「別に今じゃなくてもいいわ。放課後になるまでに盛岡に確認をとって」
歩深は手紙から絵梨佳へと顔を向けた。
恐る恐る絵梨佳は頷いて盛岡が一人になるか話し掛けられそうな雰囲気になるのを待った。
だが、中々盛岡が一人になったり、絵梨佳が話し掛けられそうな雰囲気になることはなかった。
式練の移動のときも2人の男子と一緒にいて、式練の間の休み時間でも同じように話していて教室へ戻るときも同じように話していた。
絵梨佳も絵梨佳で式練では同じ美術部の子と話したり、他クラスの子と話したり、先生に呼び出されたりともし、盛岡に話し掛けられそうな雰囲気でも話し掛けられなかった。
学級活動のときに話せるかと思ったが、感想文を書かされたり、盛岡が学級委員だからか先生と何か相談したり加美と相談したりしていて話し掛けられそうになかった。
これは恋の神様の悪戯なのかと思うと思わず溜息が零れる。
警告してきた歩深はというと、朝以降あの手紙について話題にせずいつものように何処から仕入れてきたのか恋愛の話をした。
あんまり聞きたくないが、感想文を書き終えてしまって暇だから時々相槌を打ちながら話を聞いた。
そうしていると、帰りの会も終わってしまいついに放課後になってしまった。
会が終わるとほとんどの生徒が廊下に出て他クラスの人のところに行ったり、下校したりしていた。
絵梨佳が机の中に入っているまだ持ち帰っていない教材を鞄の中に入れていると、歩深が来た。
「盛岡に言えた?」
「ううん」
「そう…」
「どうしたの?手紙を見てから難しい顔をしているけど…」
「歩深ちゃん!絵梨佳ちゃん!一緒に帰ろう!」
廊下へと繋がっている扉を見ると、隣のクラスの去年同じクラスだった友達2人が立っていた。
向こうには悪気はないと思うが、タイミングの悪さに絵梨佳は少し不満に思った。
「ごめん。絵梨佳と一緒に先生に呼ばれてるから先に帰ってて」
「そっか、残念。それじゃあまたね!」
「うん、またね」
友達2人は残念そうな顔をしながら階段の方へと歩いて行った。
いつの間にか教室には絵梨佳と歩深の2人っきりとなっていて、盛岡の姿がなかった。
廊下からもさっきまで聞こえていた生徒達の声があまり聞こえなくなっていた。
そしたら、歩深は絵梨佳に顔を近付けて耳元で何か囁いた。
絵梨佳は一瞬驚いたが、歩深が離れると恐る恐る頷いた。
「じゃあ、絵梨佳。先生に呼ばれているからあゆは行くね」
「うん。また明日ね」
「また明日ね」
歩深は自分の机に乗っている鞄をとって教室を出て行った。
残された絵梨佳は歩深がいなくなって一人しかいない教室を見渡した。
この教室ともあともう少しお別れ。
そう思うと寂しく思えるが、それが未来への一歩なら我慢しなくてはならない。
この教室で4月から今日までに起こったことを振り返ってみた。
男子同士の乱闘があったり、天然っ子がボケを言ったり、授業中居眠りしていて先生に指摘された男子が大恥じをかいていたり、修学旅行について提案したり、体育祭の種目や合唱祭の曲を決めたり、いろいろありすぎて思い出しきれないけど楽しかったという思いは絵梨佳の胸にはしっかりとあった。
―これも幸せというのかな?
記憶喪失になった人は自分の記憶がないということにショックを受けるらしい。
あと、あまり楽しい事がなくてその期間が空白の毎日だったような気がして悲しい。
思い出あるということはこのクラスにいる間、とても楽しくって忘れたくないと脳が言っているのかもしれない。
このことについて絵を描いてみるのはいいかもしれないと思い、スケッチブックにメモをしておいた。
メモしたらスケッチブックを鞄の中に仕舞って窓を見上げてみると太陽は南中しているか、していないか微妙な位置まで昇っていた。
ふと、廊下から足音が聞こえてきた。
足音はこちらへと向かっていて絵梨佳の心臓は、足音が近付くほど速くなっていって破裂してしまいそうだった。
だけど、ここで負けては彼に返事を言うチャンスがなくなってしまう。
ゆっくりと深呼吸をしてなるべく心臓を最低限まで落ち着かせて彼が来るのを待った。
足音は扉まで近付いていて絵梨佳は嬉しそうな顔をしながら扉の方を向いた。
To be continued