幸せな思い出と絵
電話した後、絵梨佳は校舎を後にして電話に出てきた人がいる家へと向かって行った。
歩いている間、質問されてもすぐに答えられるように気持ちを整理したり、遅くなりそうだから家に電話したりした。
家に電話すると、やはり絵里子が出てきた。
伝言を言うと、少し寂しそうな声でわかったと、言って電話を切った。
小学校2年生の妹を一人にさせるのは可哀相だが、この気持ちは何なのか早く知りたかった。
絵梨佳は徐々に足を速めていくと、だんだん電話に出てきた人がいるマンションが見えてきた。
そのマンションは絵梨佳の家があるライオンスヒルドゥの反対方面にあるマンションで、ライオンスヒルドゥより少し小さいマンションだった。
マンションの前に着くと、絵梨佳は深呼吸をしてゲートをくぐり、エレベーターに乗った。
乗ったエレベーターは上に上がって行き、ある階まで行くとピタッと止まって扉が静かに開いた。
緊張しながら絵梨佳はエレベーターを出て廊下を歩いて行って、一番奥にある部屋へと向かった。
一番奥の部屋の前には深緑の葉を持つ木が植えられている植木鉢が置かれていた。
その部屋の扉には“恋愛相談室”という看板があった。
インターホンを押すと、すぐに扉が開いて茶色い長い髪を斜め左下に結んだ少女が出てきた。
「平井絵梨佳さんですね!待っていました!さぁ、中へどうぞ」
営業スマイルをしている少女がそう言うと、絵梨佳は少し戸惑いながらも少女が開けてくれた部屋の中へと入って行った。
絵梨佳が中に入ると、少女は玄関の扉を閉めて部屋の鍵を閉めた。
「最近、様子が少しおかしいと思ってたけど、まさか恋愛相談室に電話するとは思わなかったよ。絵梨佳」
部屋の中に入るとソファで腕を組んで、座っているこげ茶色の髪の少女がいた。
絵梨佳を招き入れた少女はお掛けになって下さいと、言ってキッチンへと行ってお湯を沸かし始めてお菓子を用意し始めた。
「い、いつ気付いていたの?“あゆ”」
「ここでは“あゆ”じゃなくて“アイ”だよ。気付いたのは今日。朝に会ったときから異変を感じて、一緒に帰ろうと誘ったら絵梨佳が用事あるからって言われたときに確信した。そこに立っていないで座ったらどう?」
いつも話している相手なのに今日は何故か緊張してしまって絵梨佳はう、うんと返してソファに座って鞄を足元に置いた。
キッチンの方では茶色い髪の少女がお菓子やカップをトレイに乗せていた。
「あ、あの子はアイカ。アタシの弟子の一人よ」
「愛原アイカです!初めまして絵梨佳さん!」
その場で半回転をしたアイカは手を上げてニコッと笑った。
どうすればいいのかわからない絵梨佳はひとまず軽く会釈しておいた。
会釈すると、こちらこそよろしくお願いします!と言って会釈し返してくれた。
だが、勢いあまってキッチンとリビングの堺にあるカウンターに頭をぶつけてしまった。
鈍い音が聞こえると、歩深は馬鹿と呟いた。
あまりにもベタなことだったので、絵梨佳は唖然としてしまった。
ぶつけたところを手で抑えながらアイカは笑顔でだ、大丈夫です!と言った。
「言っておくけど、絵梨佳のことは絵梨佳がここへ来る前に話しておいたから警戒しなくていいよ」
「アイカはここで絵梨佳さんが話したことは誰も言いません!」
「は、はい…」
親友である歩深に言われても絵梨佳の緊張の糸が切れない。
多分、営業用に歩深が変装しているからだろう。
親友である歩深は恋愛相談室を開いていた。
さすがに素顔を知られては困るということで黒く長い髪に10ぐらい短いこげ茶のカツラを被って、同じく黒の瞳にこげ茶色のカラコンをいれて、これだけじゃ少し危ないと思い嫌々ながらも少し化粧をして、名前を愛原アイに変えている。
相談してもらいたいなら、電話でお願いするか、恋愛相談室のHPにあるメールフォームでお願いするか、直接本人にお願いするかの3つの方法がある。
電話については、恋愛相談室用の携帯と電話を買ってそれを使っているらしい。
歩深に相談すればほとんどその通りになると言われている。
両思いで相性が合っていると判断されたら本当にそうで、これはダメだよと言われたのは最初不満に思うが、後々に付き合わなくて良かったという人がほぼ全員だった。
それほど、歩深の恋愛に対する相談能力が優れているらしい。
一部の人では“恋愛の神様”と言われていて、是非弟子にして欲しいという人も出てきている。
受け入れたり受け入れなかったりしているらしい。
一対一の面接で人の性格や心理状態などを見てこの人はいいと判断された人だけ弟子として迎えられる。
アイカも歩深の面接で合格した人の一人だろう。
恋愛相談員になると、苗字が愛原となって名前が“アイ”が付く名前になるそうだ。
前に歩深に聞いたら、愛という字が一番よかったから苗字と名前の両方に“あい”という文字を入れたそうだ。
歩深がこの仕事をしていることを知っているのは絵梨佳と歩深の弟子となった人、歩深の両親しかいない。
娘がこういうことをしていることに対して、両親はどう思っているのか歩深に聞いてみるたことがあった。
このことを持ちかけたら、それが人を幸せにするのならやりなさいと、言われたそうだ。
とてもお心が広い両親に話を聞いた絵梨佳は、感動してしまいそうだった。
ただし、親だけはやはり少し厳しいから高校でバイトが出来るならバイトして稼いでほしいという要望があったそうだ。
そのために歩深は公立一本で受験に受けたそうだ。
推薦を受けてみたら合格だったので、受験で使った費用が少なく終わって本人は満足そうだった。
しかも、その公立が有名な難関校でこんなに頭がよくて相談室まで開ける歩深に親友である絵梨佳はすごいと思ってしまう。
そんだけ頭がいいなら盛岡くんがあたしに告白したこと気付いているかもしれない。
「知っているよ。一部では噂にもなってたし」
今までの最高速度とも言ってもいいぐらい絵梨佳は顔を上げた。
歩深は驚くこともなく平然とした。
キッチンからアイカが出てきて、持ってきたトレイをテーブルの上に乗せてティーカップを乗せて、テーブルの中心にお菓子が入ったバスケットを置いていった。
こういうときはいつも手伝っている絵梨佳だが、今日は動かず黙ってソファに座っていた。
ティーカップを置いてカップに紅茶を注ぐと、どうぞと言って絵梨佳の前に置いて歩深の前に置くと、歩深の隣に腰を下ろした。
「今日は盛岡のことで来たのね」
歩深が聞くと絵梨佳は頷いた。
「いつか告白するんじゃないかと思ってたけど、こんなに後になるとは思ってもいなかったわ」
「い、いつから盛岡が知っていたの…?」
「3年の始めの頃に盛岡に告白しようとした子が相談しに来たときに調べて気付いたの」
「いいですね!両思いって!と言う人がいますが案外不安ですよね?絵梨佳さん」
「えっと…」
「アイカは勉強して読心術が出来るようになったのです!」
「違うわ。この子は元々観察力が優れていたから表面に出やすい絵梨佳の気持ちがわかったのよ」
「うう、アイさん別に言わなくてもいいじゃないですか…」
アイカはやけくそだ!と言ってお菓子を食べ始めた。
隣では歩深がアイカの行動なんてどうでもよさそうに紅茶を飲んでいた。
賑やかな人だなぁと、思いながら絵梨佳はお菓子を食べて行くアイカを見て歩深にまた顔を向けた。
「本題に入るけど、盛岡は絵梨佳のことがずっと好きだったわ。時々告白しようとも思ったと思うけど、絵梨佳を困らせたくないと思ってずっと胸の奥にしまっていたみたいだわ。多分、その所為で勉強に集中出来なくなってしまうのが嫌だったと思うわ。受験が終わって、盛岡は同じく受かった絵梨佳と話す機会を狙っていたと思うけど、今まであまり話す機会がなかったから話し掛けにくかったみたい。前に恋愛相談室に電話してきたこともあったわ」
「えっ!あったの!?」
「ここに相談してくるのは女子だと限らないわ。前にサッカー部のかっこいい系の子が相談しに来たこともあるいし、不良っぽい人も相談しに来たこともあるんだから」
そのときの依頼がとても大変だったのか歩深は溜息をついた。
恋愛相談室ってそういうところが大変だということがよくわかる。
「盛岡について相談を受けて告白したら?と言ったんだけど、盛岡は気が進まなくてチャンスがあればしますと言って帰ったわ」
つまり、今日が盛岡にとって最大のチャンスだったのだろう。
そんなことに全く気付かなかった絵梨佳は気持ちが重くなったような気がした。
「そんなに気にしなくてもいいわ。相性の方に移るね。相性に関してはほぼバッチリよ。だけど、これだからって付き合っちゃダメ。相手のことが好きな気持ちがないと不可能よ。だから、後は絵梨佳次第って感じだわ」
「やっぱり、最後はあたししだいなの?」
「どんなことでも最後の決断は決断する人が決めることよ。大丈夫。自分の想いを伝えれば心配ないわ」
告白っていうのはそんなものよと、言って歩深は紅茶をまた口に運んだ。
カップが空になったのか隣でお菓子を頬張っているアイカのおかわり頂戴と言っていた。
一旦、お菓子を取る手を止めたアイカは持ってきたティーポットを片手に持ち、歩深が使っていたカップを受け取って紅茶を注ごうとしたが紅茶は出てこなかった。
注いで来ます!と言ってアイカはキッチンへと行った。
絵梨佳は残っている紅茶を飲み干して、足元にある鞄を持って立ち上がった。
「そろそろ帰るね」
「もう決心がついたの?」
「うん。ありがとう歩深…じゃなかった、アイさん」
「お礼はいいわ。これが仕事なんだから…頑張ってね」
「うん」
軽く会釈して絵梨佳は恋愛相談室を後にした。
絵梨佳がいなくなると、キッチンからティーポットを持ったアイカが出てきた。
すぐに歩深のカップに紅茶を注いで歩深に差し出した。
「明日が楽しみですね!アイさん!」
「明日は土曜日よ?」
「あ、そうでした!じゃあ、明々後日が楽しみですね!」
「そうね」
そう言って歩深はいれたての紅茶を飲みながら嬉しそうな絵梨佳の笑顔を頭に浮かべた。
純粋な絵梨佳の笑顔を浮かべると、歩深は自然と笑いが零れた。
To be continued