幸せな思い出と絵

 

 


だが、その顔は一瞬で消えた。
そこに立っていたのは盛岡ではなく、同じクラスの男子で結構人気があると言われている海田だった。
海田は意味不明な笑みを浮かべて絵梨佳を見ていた。

「手紙、見てくれたんだね」
「えっ…」

手紙と言われて絵梨佳は朝、下駄箱に入っていた手紙を思い出す。
『…絵梨佳、盛岡に確認をとってみて』
あの手紙を見たときに真剣そうな顔をして言った歩深の言葉の意味に絵梨佳は今わかった。
だが、今その事実がわかって何かあるのだろうか。
扉のところで立っている海田はまだ意味不明な笑みを浮かべている。

「手紙を見てここにいるということは、OKなんだね」

そう言って海田は絵梨佳との距離を縮める。
距離を縮めてくる海田に絵梨佳は後ずさりして窓枠まで下がると、慌てて叫んだ。

「ち、違うの!あたし!他の人だと思って…」
「他の人?誰だと思ったんだい?」
「そ、それは…」
「もしかして、洋平だと思ったの?」

海田との距離が2mぐらいとなったら海田は立ち止まって聞いてきた。
どんな反応をするかわからないが正直に言った方がいいと思い、絵梨佳は下を向いて恐る恐る頷いた。

「…やっぱり、あの噂は本当だったのか…」
「えっ?」

あの噂って…と言いながら顔を上げたと同時に体の自由が奪われた。
海田が絵梨佳の体を抱き締めたのだ。
海田よりも小さい絵梨佳は海田の胸の中にすっぽりと納まった。
抱き締められたと頭が判断したら、ホラー映画を見たときの恐怖と違う今まで感じたことがない恐怖を感じた。
恐怖のあまり、体が震えてしまいそうだった。
―早クコノ人カラ逃ゲナクチャ…。

「は、放して!!」
「…なぜ……なんだよ…」
「…えっ?」

耳元で何を囁かれたのか聞き取れなかった絵梨佳は聞き返した。
聞き返したら抱き締める腕の力が少し強くなったような気がして苦しかった。

「なぜ…洋平なんだよ…」

絵梨佳が横に向いても顔があまり見えずどんな表情をしているのかわからないが、泣いているような気がした。
―もし、あたしが盛岡じゃなくて海田のことが好きだったら海田がこんな思いをしなくてすんだかもしれない。
そう思うと、胸の辺りに針で突っつかれているような気分になった。
恋愛というのは最高の幸せと今まで味わったことがない苦痛と名の不幸せの隣り合わせ。
相手の気持ちと自分の気持ちが合っているかいないかで幸せか不幸せの道が決まってしまう。
恋愛は不幸を呼ぶ怪物と幸せを運ぶキューピットが重なった存在かもしれない。
そのどちらの面が出るのかは自分と相手の相性か運しだい。
海田はその賭けをして、不幸を呼ぶ怪物を出してしまったのだ。
でも、海田が怪物を出してしまったのは断った絵梨佳が原因とも言えるかもしれない。

「…ごめんなさい…」

謝って済むことではないとわかっているが、絵梨佳は謝った。

「ごめん…なさい…」

海田の腕の中で辛うじて動く両手で顔を覆って絵梨佳は泣き始めた。
不幸を呼ぶ怪物を出してしまったことへの重い罪が絵梨佳の上に伸し掛かってきたからだ。
絵梨佳が泣いても海田は黙って絵梨佳を抱き締め続けた。

「絵梨佳!」

海田の後ろの方から声が聞こえてきた。
絵梨佳のところからじゃ、海田の肩が邪魔で見えなかったが誰なのかすぐわかった。
本当はこの声の持ち主に会うために教室で待っていた。
声が聞こえても海田は黙って絵梨佳を抱き締め続けた。
海田と絵梨佳の元へと絵梨佳の名前を呼んだ声の持ち主が向かってくる。
早くその人の顔が見たいと絵梨佳は思うが、海田が放してくれないから顔が見えない。
背伸びをしようとしても肩に手が乗っていてわざと見せないようにしていた。
今の海田はまるで、他人のおもちゃを自分の物にしたいがために隠している子供のようだ。
その場合、声の主はそのおもちゃの持ち主で今、海田から“おもちゃ”を返してもらおうとしている。

「大智、絵梨佳を放せ」

その声はいつもよりトーンが低かった。
だが、海田は同様せず黙ったまま全く動こうとしない。
声の持ち主から溜息が聞こえた。

「…お前が平井のことが好きだということは知っている…」
「…この状況を見て、僕と平井が両思いだとは見えないのかい…?」

今にも泣きそうな声。
放してもらえると頼みにくい雰囲気で絵梨佳は黙り続けた。

「俺には見えないが?平井…お前はどうなんだよ…」
「平井は僕が好きだと言ってくれた…」
「お前には聞いてねー。俺は平井に聞いている」
「…あたしは…」

急にふられて心臓が急にドキドキしてきて、顔が熱くなっていく。
声の主が誰なのかわかってもこんなにドキドキしなかったけど、やっぱり告白するときは緊張してしまう。
―早く伝えたい、この想いをあの人に。
本当はこんなふうにじゃなく真正面で、彼の目の前で言いたかった。
少し後悔しながらも気持ちをなるべく落ち着かせて言葉を発する。

「好きです…あたしは盛岡洋平のことが好きです…」
「ありがとう…平井…俺も好きだぜ…」
「…うん…」

盛岡の気持ちは知っていたけど、改めて言ってもらうととても嬉しい。
間にいる海田には悪いけど、告白して盛岡が答えてくれた今がとても幸せに感じる。

「だ、そうだぜ大智」
「…わかったよ」

そう言って海田は絵梨佳を解放した。
解放された絵梨佳はありがとう、と呟きながら海田を横切って盛岡のもとへと行った。
盛岡は絵梨佳に手を差し伸ばしてくれて、絵梨佳がその手を取ると自分の体へと引き寄せてくれた。
暖かくて優しくて絵梨佳の心は落ち着いていき、嬉しくなって微笑んだ。
場が悪くなったのか海田はじゃあなと言って盛岡の隣を通って教室を出て行った。

「盛お「洋平と呼んで」
「…じゃあ…洋…平…あたしのことは…絵梨佳と…呼んでくれる…?」
「いいよ。絵梨佳」

いつも盛岡と呼んでいたのを洋平に替え、平井と呼ばれていたのを絵梨佳に替えたことは少し違和感があって恥ずかしかった。
だけど、名前を呼び合えるということが嬉しかった。





+++






「ということでめでたく結ばれたのね。おめでとう、絵梨佳」

美術室の椅子に座って腕を組んでいる歩深は微笑んだ。
絵梨佳は一旦、手を止めて筆を筆洗の中に入れると、斜め前で座っている歩深に微笑み返した。
今、彼女達は絵梨佳が宿題となっている絵を描くために美術室にいる。
別に家で描いてもいいが、美術室の方が絵の具の色がたくさん置かれているからここで描いているのだった。

「ありがとう、あゆ。あゆが居なかった今の関係が成り立つことが出来なかったと思うよ」
「勇気を出して返事を言った絵梨佳がよかったのよ」
「ううん、あゆがいなかったらこの気持ちを伝えられる勇気がなかったもん」

空いている手で胸に手を当てて絵梨佳は瞳を閉じた。
目を閉じて広がる真っ白な世界でどういたしまして、と歩深の声が聞こえた。
目を開いて歩深に微笑むと、筆洗から筆を出して水をきってパレットから色を取ると、後もう少しで完成する絵に筆を下ろした。
筆を下ろすと、歩深は邪魔したらいけないと思ったのか黙って絵梨佳を見ている。
歩深の位置から絵梨佳がどんな絵を描いているのか見えない。
本当はどんな絵を描いているのか見たいのだが、絵梨佳が出来たら一番最初に“彼”に見せたいと言ったらから絵が完成して“彼”が見た後に見ると絵梨佳と約束した。
窓からまだ明るい太陽の光が差し込んでくる。
この時間はまだ1,2年生が授業中であと少ししたら5時間目が終了する時間だ。
あの日の翌日から1,2年生の美術の授業のない時間帯に先生の許可を貰って、毎日部活が終わる時間帯まで残って絵を描き続けていた。
美術室を使った授業があるときは準備室に移動してひっそりと絵を描き続けていた。
1・2年生の後輩が何を描いているのですか?と聞いてきたことがあったが、絵梨佳はちょっとねと笑って返した。
絵を見られてしまうのではないかと思えるが、“ある意味有名な歩深”が傍にいて止めているということで見ようとする者はいなかった。
仕上げとなる部分を無事に描き終えた絵梨佳は筆を筆洗の中に入れて、筆洗の隣にパレットを置くと一息ついた。

「描けたの?」
「うん。今何時?」
「もうすぐ15時になるところよ」
「よかった〜間に合った〜」

そう言いながら絵梨佳は両腕を上げて体を伸ばしていた。
今日の15時に美術室に来てねと、帰り際に絵梨佳は彼に言っていた。
彼はなんで?と不思議そうな顔をしていたが、来ればわかると言って絵梨佳は歩深と一緒に教室を後にした。
廊下から足音が聞こえてくる。

「絵梨佳、用事はなんだ?」

美術室の扉に洋平が現れた。
絵梨佳の近くにいる歩深に気付いて江川もいるのか、と付け足したように言った。
いて悪かったわね、というように歩深がムッとした顔をすると、洋平は苦笑していた。

「洋平、大回りしてこっちに来て」

絵梨佳が手招きをすると、洋平は少し大回りをして絵梨佳の隣に来た。
この絵を見てと言いながら絵梨佳が今描き終えた絵を指差すと、洋平は絵を見た。
絵には透明感のある器に上からピンク色の液体が注がれていて、器には入れきれなくなってピンク色の液体が器から零れていた。
ピンク色の液体には色々な形の花びらとハートが所々に描かれていた。
背景には黄色がグラデーションされていてとても綺麗だった。
絵全体が柔らかい雰囲気で心が和むような気がしたと、同時にふと思った。

「この絵って…」
「わかった?」
「なんとなくだけど、俺達のことか?」
「正解!よくわかったね。あゆもう見ていいよ」

少し呆れ顔をしながら歩深は立ち上がって洋平の斜め前に行って絵を見た。
絵を見ると、呆れ顔が優しそうな顔に変わった。

「いい絵ね…絵梨佳がどういう気持ちなのかすっごくわかるよ」
「なっ!なんで…!」
「こんな絵を見たらそれしか考えられないわ…お暑いこと」

意地悪そうに歩深が笑うと、絵梨佳は顔を赤くして俯いた。
後ろを見てみると洋平も少し赤くなっていて、歩深は面白そうに笑った。
絵梨佳は顔を赤くしたまま片付けるねと言って、使った筆洗やパレットを持って後ろにある水道場へ洗いに行った。

「手伝うよ」
「俺も」
「3人もいらないよ」
「じゃあ、あゆは帰るよ」
「えっ!?」

驚いた顔をしながら絵梨佳は手を止めて歩深を見た。
洋平も少し驚いたが嬉しそうに笑った。
絵梨佳が何か言おうとすると、歩深は悪戯っぽく笑いながら鞄を持ってそれじゃあ、また明日ねと言って美術室を出て行った。
歩深が出て行った後、絵梨佳は呆然としていて洋平に話し掛けられるまで動きが止まっていた。
筆洗などを洗ってちゃんとした場所に片付けた後、絵梨佳と洋平は描き終えた絵を持って美術室を後にした。
下駄箱へ行くまでの間、美術部の後輩や先生に会わなかったので絵梨佳はほっとした。
美術部の後輩は何故か恋愛話が大好きで、そういう話に食いついてくる人ばかりだった。

「全く〜あゆは〜」

先に歩深が美術室に出たときのあの顔をことを思い出した絵梨佳から溜息が零れた。
隣にいる洋平は苦笑した。

「まぁまぁ、本当のところだからいいだろ?」
「そうだけど…恥ずかしくないの?」
「全然。俺は嬉しい方だがな」
「なんで?」
「だって、俺達のことを認めてくれたってことだろ?たまにいるじゃないか、こいつとの交際を認めないって奴」
「…洋平って案外、少女漫画とか読んでいたの?」
「読んでないよ。ただ、現にそういう体験をした人が身近にいただけだ」

少女漫画みたいな恋があるんだと絵梨佳は驚いた。
人の数だけ恋があるというが、本当にそういう人がいるなんて今まで聞いたことがなかった。
驚きのあまり絵梨佳がぼーっとしていると、洋平が意地悪そうに何か言った。
洋平の言葉が絵梨佳の耳に入ると、絵梨佳は顔を少し赤くさせて激しく首を横に振った。
それを見て洋平は面白そうに笑うと、絵梨佳もつられて笑顔になった。
心の中はあの日から今日までずっと描いていた絵のような感じで、幸せの水に満たされている。
洋平のことが好きだと気付いてから心のどこかで思い描いていたこの関係。
願っていたことが叶ったということでこれも幸せと呼ぶのだろう。
でも、幸せという1つの言葉で今の気持ちをまとめられない。
幸せという言葉の器でも気持ちが溢れてしまって気持ちの水が零れてしまう。
今まで感じたことがないこの気持ち。
一応、絵に表してみたが、まだまだ足りない気がする。
この気持ちは洋平と絵梨佳を足して成り立つ方程式だ。

洋平+絵梨佳=幸せ

この方程式は2人のどちらが覚めない限り永遠に成り立つ方程式。
そんな方程式が成り立つということは幸せである。

「洋平、これからもよろしくね」
「こちらこそよろしくな。絵梨佳」

2人の恋の器はこの絵よりもすごく溢れています。

 

 



END

 

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あとがき

少々遅れましたが、終わりました!

最後らへん、変にのびてしまってすみません(汗)

この最後らへんが卒業とあまり関係ないと思いますが、

題名が題名なのでイマイチ出しにくくスルーさせてもらいました(笑)

出来たら、この話の番外編みたいなのを書きたいなぁと思います♪

あ、ちなみに、絵梨佳と洋平の通う高校は同じ高校です(笑)

美術専攻と普通科とわかれていますが、まぁ同じ校舎の下です☆

では!