幸せな思い出と絵
家に帰ると、妹である小学2年生の絵里子が寂しそうな顔をして玄関に駆け寄って来た。
お母さんは?と、聞くと、お仕事と、顔に負けないぐらい寂しそうな顔をしていた。
いつもより帰りが遅い絵梨佳を心配したのだろう。
絵梨佳は絵里子の頭の上に手を乗せて謝ると、絵里子は首を左右に振ってお姉ちゃんが帰ってきたから充分と、言って笑った。
よく友達は妹は嫌だよと、言うけど、絵梨佳は絵里子をそんなことに1度も思ったことがなかった。
甘えん坊で時々宿題をやっているの最中に部屋へ入ってくるが、絵里子も宿題をする!と、近くにあるテーブルに通信学習のテキストを出して鉛筆を進めていた。
絵里子の出来具合を見て絵梨佳はあたしより出来るかもと、戸惑いを感じるが、絵里子と比べて小学校の頃に勉強していなかったから仕方ないことかと、納得してしまう。
台所に行くと、昨日の残りのハヤシライスがあったから、温めて絵里子と一緒に食べた。
食べ終わったらすぐにお風呂を沸かそうとしたが、すでに沸いていた。
絵里子がやったんだよと、傍にいた絵里子が嬉しそうに笑っていた。
―本当にあたしより頭がいいかもしれない。
絵梨佳は中腰になって絵里子の頭を優しく撫でてあげた。
とても嬉しそうに撫でられた絵里子は一緒に入ろう!と、言って抱きついてきた。
お母さんがいない日になると、絵里子は絶対絵梨佳と一緒に入っていた。
絵梨佳はすぐにOKして絵里子と一緒にお風呂に入った。
お風呂に入った後、盛岡に頼まれた色紙に桜の絵を下描きしてペンで色を塗っていき、クラスの人数を考えながらコメントを書くところを作っていった。
隣では絵里子がスケッチブックを持ってきて、絵を描いたり、時々絵梨佳が描いている色紙を覗いたりした。
色紙が終わって、落書きでもしようかと思い絵里子のスケッチブックに一緒に絵を描いた。
絵里子の就寝時間になると、絵梨佳は電気を消して絵里子と一緒に布団に潜り静かに目を閉じた。
今日の出来事が次々と頭の中を駆け巡った。
鼓動がドキドキと五月蝿くて中々寝付けなかった。
翌日、いつものように登校して友達といつもと変わらず話した。
盛岡もいたが、一向に話し掛けてこなず気になったがクラスの人に誤解されたくないから考えないようにした。
林原先生が来てすぐに朝の会が始まり、先生の方からいろいろ連絡がしてすぐに終わった。
「平井、昨日の頼んだことは出来たか?」
先生が教室を出て一人でぼーっとしていたとき、盛岡が話し掛けてきた。
歩深は先生に呼ばれていなかったから少しほっとした。
鞄を開けて昨日描いた色紙を取り出し盛岡に差し出すと、盛岡はすげぇと、呟いた。
「サンキュッ、じゃあ、今日の放課後もよろしくな」
「わかった」
盛岡は自分の席に戻り色紙を机の上に置いて何かしていた。
その時、丁度歩深が戻ってきたから話し掛けて会話を楽しんだ。
歩深と話していて盛岡のことを考えないようになったが、
何故か式練で伴奏している最中、昨日のことを思い出してしまい間違えないように少し必死だった。
だけど、結局一箇所間違えてしまった。
式練が終わった後、歩深が間違えたことにどうしたの?と、聞いてきた。
絵梨佳がこういう場で弾き間違えるなんて今までなかったからだ。
今日は調子が悪かったのよということにしておいて、それ以上追求されないようにした。
+++
時は流れ、放課後となった。
歩深に一緒に帰ろうと誘われたが、ちょっと用事があって長引きそうだからと、言って先に帰ってもらった。
他のクラスからも絵梨佳の姿を見つけて、去年同じクラスだった子、部活が同じの子達からも誘われたが全て断った。
今日は普段より多く感じたが、もし、歩深と帰っていなければこうなっていたかもしれない。
窓の外を見てみると、一人で帰る男子の姿を見つけて絵梨佳は友達にたくさん誘われて幸せなんだなぁと、しみじみ思った。
また、幸せというのを見つけた。
この幸せはいいかもしれないと、思ったが、どう描けばいいのかと少し悩んだ。
忘れないようにいつも持ち歩いているスケッチブックにメモをしていた。
「何しているんだ?平井」
急に後ろから声を掛けられて絵梨佳は驚いて後ろを振り返った。
そこには手に持っている絵梨佳のスケッチブックを見てくる盛岡が立っていた。
「えーっと、ネタを少々・・・」
「絵のネタか?すごいなぁ・・・なんの絵を描くんだ?」
「“幸せ”をテーマにした絵を描こうと・・・」
「すげぇな、幸せかぁ・・・」
そう呟くと、盛岡は何か考え始めた。
その顔はとても幸せそうな顔で、何を考えているのか絵梨佳は気になった。
―彼女とかいるのかな?
ふと思った疑問。
盛岡は顔がいいし、スポーツも出来、勉強も出来るしっかりものだから多分、女子からも評判がいいのだろう。
以前、歩深から盛岡の評判を聞いたことがあり、雰囲気的に彼女はいそうな感じがした。
本人に訊こうかと思ったが、もし、いなかったら気まずいから聞かないことにした。
「それじゃあ、始めようぜ。はい」
「今回も同じテーマでいいの?」
「ああ、だけど絵を変えてくれないか?」
「いいよ」
盛岡から色紙を受け取った絵梨佳はペンケースから早速、シャーペンを取り出して何を描こうか少し考えると、すぐに色紙に描き始めた。
絵を描いている間、教室はとても静かでもう残っている人は誰もいないらしい。
廊下からは1,2年生の教室で授業をしている先生方の声がかすかに聞こえてきた。
授業が終わって教室前を通られて声を掛けられたらひとたまりもないから、早く描こうと思い絵梨佳は急いで下描きを終わらせた。
「早いな」
シャーペンを置いた瞬間、前から声が聞こえてきて顔を上げると、いつの間にか盛岡が前の席の椅子に座っていた。
下描きをしているところをずっと座っていたらしい。
「み、見ていたの・・・?」
「ああ」
「そ、そう・・・こんなのでいい?」
描いた絵を盛岡に差し出すと、盛岡は手にとって頷いた。
「やっぱり、平井に頼んで正解だったな。すっげぇうまいな」
心がはじけた気がした。
盛岡は、んじゃあ、本描き頼むなと、言って色紙を絵梨佳に返した。
少しぼーっとしてしまった絵梨佳は意識を取り戻して、う、うんと、言って色紙を受けて取って、急いでペンケースから消しゴムといつも使っているペンを取り出して、本描きに入った。
―あたし、どうしたの?
本描きをしながら速くなってしまった鼓動を落ち着かせて冷静になってきたとき、疑問に思った。
絵梨佳は周りに全く興味がなく、他人のことを気にしたことがなかった。
だけど、今の絵梨佳は盛岡のことを思いっきり意識していた。
―なんなの?何が起こったというの??
『あのね、ある人といるといつもと調子がおかしくなるのは恋なんだよ』
パニックになっていると、歩深の言葉が頭に浮かぶ。
―これが、恋というものなの?
とても恥ずかしくて、彼のことを考えてしまうのが恋というものらしい。
恥ずかしすぎて早く帰りたい絵梨佳は急いで本描きを完成させようとしていた。
「・・・なぁ、平井って誰かと付き合っているか?」
「えっ?いないよ?」
手を止めて絵梨佳は顔を上げて盛岡の顔を見た。
盛岡は真剣な眼差しで絵梨佳を見ていた。
「そうか・・・じゃあ、好きな奴いるか?」
この回答には絵梨佳はとても困った。
今まで恋というものを一度も経験したことがない。
もし、さっきから五月蝿いこの鼓動の原因が恋としても言えない。
言ってしまったら今の関係が失うと、どこかの漫画で書いてあったからだ。
ここで自分の気持ちを無視するのはどうかと思うが、もし、その漫画を読まなくても恥ずかしくて言えないだろう。
絵梨佳が下を向いて黙っていると盛岡が口を開いた。
「わりー、変なことを聞いたな」
忘れろ。
そう言って盛岡は笑った。
顔を上げてみると、盛岡はいつものように笑っているようだが、どこか悲しそうだった。
「別に変じゃないと思うよ」
自然と絵梨佳の口が動いて盛岡が驚き、絵梨佳自信も驚いた。
言われた盛岡は少しの間驚いていたが、すぐに笑顔に戻ってそうか、と言って笑った。
その笑顔を見ていると、鼓動がまた少しだけ速くなったような気がした。
「・・・あたし、よくわからないの・・・恋愛とか・・・本とかで見たことがあるけど、実際に感じたりしたことがないから・・・」
「じゃあ、好きな奴がいるかわからないのか?」
「うん・・・」
盛岡はそうかと、言うと視線をそらし何か考え始めた。
絵梨佳は下を向いて先程からおかしい自分に混乱していた。
言うつもりがなかった言葉が勝手に出てきたり、話さなくてもよさそうなことを話したりと無意識に言葉を発していた。
今までこんなことはなかったのに本当にどうしたのだろう。
いろいろと考えながら絵梨佳はまたペンを進めた。
―やっぱり、これは恋なのかな・・・。
どう考えても最終的に歩深が言ったあの言葉に繋がってしまう。
考えながら色紙に絵を描いていると、絵の部分が終わってあとは枠を描けば終わりだった。
ラストスパートだと思い、絵梨佳は絵にあった枠を作っていった。
枠を作っていく間も盛岡は静かだった。
一体どうしたのか気になったが、もしここで話してしまうとこの色紙が完成するかわからないから色紙の完成を目指した。
あと1つ描けば終わりになるところで盛岡はこのときを待っていたように突然声を発した。
「平井・・・俺・・・お前のことが好きなんだ」
To be continued