サクラサク




気付くと、視界が真っ暗だった。
何かに包まれているような感覚があった。
それが何なのか咲にはわからなかった。


「咲希」


暗い世界の中で柊の声が聞こえた。


―…柊さん?

「泣いているのかい?咲希」

―泣いて…いるの…私…

「咲希、悲しまないで。私も悲しい」



柊の顔が見えないため、咲には柊が今どんな顔をしているのかわからない。
けれど、泣いている咲を見て、柊が辛そうな顔をしているような気がした。

目を開くと、そこには空から降り注ぐ花びらと柊の姿があった。
咲は自分の頬に涙が零れていることに気付いた。
死を目撃することは咲にとって2回目だった。
冷えていく身体に触れた手の感覚がまだ残っている。

―助けられなかった。

その事実が咲の胸を抉り返す。
助けて貰ったのに恩を返せなかったことが咲にとっては心残りだった。
自分にもっと力があれば、あの狼が怪我しなかっただろう。
咲は自分の力の無さに自己嫌悪をした。
だが、済んでしまったことだから、もう取り返しがつかないことを咲はわかっていた。

―悔しい。

咲は心に浮かぶ後悔と罪悪感の雲に埋もれてしまいそうだった。


「咲希」


傍にいる柊が細長い指で咲の涙を拭った。
初めて触れられたはずなのに咲にとっては不思議と懐かしい感触だった。
寝たまま咲が見上げると、柊は悲し気に笑っていた。


「ごめんね」


柊の表情を見た咲はこの間見た夢を思い出した。

―また謝られた。

どうして謝られなければいけないのか咲にはわからなかった。
ただ、柊の悲し気な顔を見るのが咲は辛かった。
瞼が重くなっていく。
何処かへ引き戻されそうな、そんな感覚を咲は感じた。
咲は柊の顔に手を伸ばした。


「泣かないで、大丈夫だよ」


咲の言葉を聞いて、柊が一瞬だけ笑ってくれたのを確認して、咲は瞼を閉じた。







+++




「咲!」


咲が目覚めて視界に真っ先に飛び込んできたのは蕾だった。
余程心配したらしく、蕾の目尻に涙を浮かべていた。
蕾の後ろにはつい最近見たことがある天井があり、咲はここが何処なのかすぐに理解した。


「気が付きましたか?」


隣には楓が座っていた。
この間と同じように正座して、微笑んでいた。


「私…また気を失っちゃったんだね」


気を失う直前の光景が頭に浮かぶと、咲は顔を俯かせた。
蕾は何か言おうとするが、その前に楓が言った。


「櫻花様が、目が覚めたら一度顔を見せてほしい、とおっしゃっていました」


楓の手にはこの間、咲が着た着物があった。
あのとき、急いでいたから脱ぎ散らかしていったのにその後、きちんと畳んで綺麗にしてくれたようだ。
咲は自分の服を見て、いつの間にか白い寝衣になっていたことに気付いた。
きっと、楓が変えてくれたのだろう。
咲は楓に感謝を伝え、早く櫻花の元へ行こうと、楓が持っている着物に着替えた。
咲が着替えている間、蕾は心配そうな顔をして咲に尋ねた。


「咲、大丈夫なの?」
「平気、もう元気いっぱい」


元気そうに笑う咲を見た蕾はほっとした。



+++




案内する楓に続いて咲と蕾は櫻花の部屋へと向かった。
櫻花の部屋には、咲が予想していた通り、櫻花と欅がいて、何か話し合っていた。
楓、咲と蕾が部屋に入ると、櫻花は会話を止めて柔らかい表情を咲に向けた。
櫻花の後ろには、咲と蕾が取ってきた花の鏡が飾られていた。


「目が覚めたか?咲」
「はい。ご心配をお掛けして申し訳ございません」
「咲が無事ならそれでよい…鬼と遭遇したそうじゃな」
「鬼?」
「咲様と蕾様を襲った者のことです」


楓が答えると、咲は鬼のことを思い出した。
鬼は架空の存在だと思っていた咲はあれが鬼だと信じられなかった。
そんな奴らと自分は戦ったのかと考えると、咲は背筋が凍った気がした。


「また、鬼は春風が通用せず、特殊な武器でないと倒せません」
「えっ?でも私、持っていた短刀で鬼を倒したよ?」
「お主が持っていた短刀は邪気を払う力が備わっていたのじゃ。これは銀杏から貰った物じゃろ?奴の家系は元々鬼狩の一族の家系じゃからのぅ」


意外な事実に咲は耳を疑った。
16年間同じ村に住み、祖父のようだった銀杏が鬼狩の人間だと咲は聞いたことなかった。
庭先でのんびりと花の手入れをしている銀杏が、恐ろしい鬼を狩るところを咲は想像できなかった。


「これからも鬼が出てくる可能性は充分にあるから、出掛けるときは欅を連れていくのじゃ。蕾様、よろしいですか?」
「かまわないよ」


反抗するかと思った蕾が素直に受け入れたことに咲は驚いた。
しかし、あの出来事を思い出すとやむを得ないことだろうとも考えられた。


「蕾ちゃん、あと何を集めればいいの?」
「草の祠へ行って草薙の剣を取るだけよ」
「じゃあ、早く取りに行こう」
「出発は明日にするのじゃ。もう少し休んでからでよい」


きっと櫻花は自分の身体を心配していることを咲はすぐにわかった。
しかし、咲には急がなければならない大切なことである。
例え、それが恐ろしい事でも、もう犠牲が出ている以上、咲は立ち止まりたくなかった。
心配する櫻花に対して咲は笑って答えた。


「私なら大丈夫です。蕾ちゃん、行こう」
「う、うん!」


着替えに行こうとする咲の後を蕾は慌てついていった。




+++




服を着替えた咲が屋敷を出ると、出口の門には欅が立っていた。
無愛想な表情をしながら目を伏せ、背筋を伸ばして立つ姿は門の番人に見えた。
咲と蕾が近寄ると、欅は顔を上げた。


「欅さん、よろしくお願いします」


咲が会釈すると、欅は頷いて先を歩いた。
蕾は何あの態度と怒りながら、苦笑する咲と並んで進む。
村の出口の門まで行くと、欅は足を止めた。
何があったのか咲と蕾が覗いてみると、門には2匹の狼の姿があった。
2匹の狼はおとなしく座って、咲達を見つめていた。


「狼さん達」


咲がしゃがんで頭を撫でると、2匹の狼は気持ちよさそうな顔をした。
しばらく撫でた後、咲達が立ち去ろうとすると、2匹の狼も後を付いていった。


「一緒に行ってくれるの?」


咲が尋ねると、2匹の狼は揃って頷いた。
一番悲しいはずなのに仲間の死を受け入れることが出来た2匹を咲は抱きしめた。


「ありがとう、ごめんね。仲間を助けられなくて」


咲の言葉に蕾の胸が強く締め付けられた。






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