サクラサク




花守神社を後にしてから、咲は腕に着けてもらった白詰草の腕輪を何度も見ていた。
白く丸いその花は何枚の花びらによって成り立っている。
小さい頃からたくさん見ていた花だが、いつもと違って見えた。
なんだか、幼い頃の自分に戻ったようで、咲はウキウキしていた。
それを隣で見ている蕾は、唖然とした。


「それで見るのは何度目?」
「だって嬉しいんだもん」


おもちゃを貰った幼い子供のように咲は無邪気に笑った。
これぐらいで喜ぶ咲を見た蕾は、この子はずっと子供の心を忘れない、と思った。


「蕾ちゃん、なんで蕾ちゃんが私に会ったとき咲希様って言っていたのかわかったよ」


突然話が変わって、驚いた蕾は咲を見た。
そこには咲希のような穏やかな表情をした咲がいた。
目の前にいるのは咲だとわかっている蕾だが、頭では咲希だと認識してしまいそうだった。


「単なる勘違いじゃなくて、咲希という人と私は本当に似ているからだったんだね」
「…うん…」


蕾は咲から目を背けて、曖昧な返事を返す。
口にしたくはなかったのか、あるいはそれを肯定にしたくなかったのだろう。
それでも、咲の中にある不安定だった答えがはっきりした。


「でも、そのお陰でこうして蕾ちゃんと友達になれて嬉しいよ」
「友達?」
「違うの?」


咲が今にも泣き出しそうな顔を向けると、蕾は笑いだした。


「そうね!あたし達、友達だよね!これからもよろしく!」


蕾は咲の顔に飛び付いて、頬擦りした。
咲は両手で軽く蕾を掴みながら頷いて答えた。
その途端、森の奥から何かが走ってくる音を咲は聞いた。


「何か来る」


音がする方向に向くと、狼達がいた。
狼達は、春風神宮から帰るときに出会った狼達と同じ目をしていた。


「蕾ちゃん、下がってて」


ゆっくりと息を吸って、咲は瞼を閉じた。
昨日のように咲は気持ちを落ち着かせて、意識を集中させた。
小さな風が吹き、自分の周りに風が集まっているような不思議な感覚を咲は肌で感じた。

―大丈夫。
―あれはまぐれではない。
―あれは…私の力なのだから。

咲は手を広げて言霊を呟いた。


「春風」


咲の周りに集まっていた風が放たれた。
目の前にいる狼達は殺気をなくし、咲に寄り添っては懐いていた。
咲は腰を下ろして、集まってきた狼達の頭をそっと撫でた。


「これでもう大丈夫」
「まだいる!」


蕾に言われて、咲は顔を上げた。
茂みから、角が生えた二本足で立つ化け物が姿を現した。
化け物はまるで巻物に出てくるような鬼の姿をして、目を吊り上げていた。
咲の足元では狼達が化け物に向かって威嚇していた。
咲は再び集中し、自分の周りに風を集めた。


「春風」


言霊を唱えると再び優しい風が放たれた。
しかし、化け物は殺気を失わず、今にでも襲い掛かってきそうだった。


「効かない!?」
「逃げるよ!咲!」
「うん!」


咲と蕾、狼達は道を外れ、茂みの中を駆け抜けた。
駆け抜ける度に咲は膝や脛に引っ掻き傷をたくさん作った。
足がチクチクして痛いが、今はそんなことを気にしている場合ではないと咲は駆け抜ける。
辺りからこちらへと化け物が向かってくる草の音がした。
そんなことは気にせず走っていると、前から化け物が現れた。
左右、後ろと方向転換してみるが、四方八方に化け物が立って咲達の行く手を遮っていた。


「囲まれた!?」
「蕾ちゃん、花の鏡を持って隙ができたら逃げて」


咲は抱えていた花の鏡を蕾に渡した。
自分の身体より少し大きい鏡を受け取った蕾は鏡を落とさないように踏張っていた。


「さ、咲はどうするの?」
「何とかこいつらを巻いて後を追う」
「武器もないのにどうするの!?」
「大丈夫、私にはこれがあるから」


咲は懐から短刀を取り出した。
それは咲が花盛村を出るとき銀杏から受け取った短刀だった。
こんな物を使うことはないと思っていた咲は、渡してくれた銀杏に感謝した。
短刀を見た蕾は驚いた顔をした。


「それは…!」
「早く行って!」


咲の背後から化け物が近付いてきていた。


「咲!」


蕾の声に咲は鞘から刃を出し、振り返りながら化け物の胸を刺した。
胸を刺された化け物は呻き声を上げて、黒い霧となって消えていった。
続いて左右から化け物が襲い掛かってきた。
咲は軽やかに化け物の横に避けて、脇を刺した。
だが、脇を刺しても化け物は消えず、咲の方を向き、腕を振り上げた。
咲は脇に刺した短刀を抜いて、尽かさず化け物の胸に刃先を食い込ませた。
さっきは消えなかった化け物が胸を刺されると、黒い霧となって消えていった。
どうやら胸を刺せば消える、と理解した咲はすぐ近くにいる化け物を同じ方法で消した。


「きゃー来ないで!」


声に反応して咲が顔を上げると、蕾が化け物に追われていた。


「蕾ちゃん!」


急いで助けに行こうとする咲の背後に化け物の雄叫びが聞こえた。
咲は後ろを向き、化け物の姿を認めると、胸に向かって刃を立てた。
すぐに蕾を助けに行く咲が、他の化け物に行く手を阻まれた。
化け物の手が蕾へと伸びるとき、化け物の腕を何かが噛んだ。
それは咲の足元にいた狼だった。


「狼さん!」


咲は目の前に阻む化け物をすぐに倒して、蕾の元へ行った。
蕾は勇敢な狼を見ながら口を開けて固まっていた。


「行こう!蕾ちゃん」


咲は蕾から花の鏡を受け取り、狼達と共に帰路を走った。
化け物が壁になっても、狼達の協力を得て咲と蕾は駆け抜けた。
このまま行けば逃げ切れると、咲と蕾は確信した。
だが、2人の確信を壊す鐘のように後ろから一つの悲鳴が聞こえた。
振り返ると、一匹の狼が化け物の足元で倒れていた。


「狼さん!」
「咲!走って!」
「でも狼さんが!」


逃げる事を躊躇していると、化け物が咲と蕾の近くまで来ていた。
咲は花の鏡を抱えたまま短刀で化け物を倒して、倒れた狼の元へと戻った。
狼達も咲を補佐しながら、仲間のところへと戻る。
そのとき、咲の後ろから呻き声が聞こえた。
振り向いてみると、化け物が腕を高く掲げていた。
逃げ足を速くするが、逃げ切れそうになかった。
化け物の腕が振り下ろされる。
だが、化け物は黒い霧となって、咲の背中に当たった。
黒い霧が消えると、そこには刀を持った欅が立っていた。
いつも変わらない顔だが、瞳は他の者を射ぬくような強い闘士が映っていた。
予想外の人物の登場に咲と蕾は揃って驚いた顔をしていた。


「平気か?」
「は、はい!」
「後は任せろ」


欅は刀を振って、慣れた様子で次々と化け物を倒していった。


「狼さん!大丈夫!?」


倒れた狼の傍に行った咲が呼び掛けてみるが、狼は反応しなかった。
身体に触れてみると、だんだん体温がなくなっていくことが感じられた。
咲は昨日のことを思い出して、気を集中させて風を集めた。


「春風」


言霊を呟くと、咲の吐息と共に風が狼に包んだ。
けれど、昨日のように狼の傷は癒えなかった。


「傷が治らない!」


咲は更に風を集めたてみるが、傷口に変化はなかった。
狼の身体は冷たくなっていた。
危険な状態だと判断した咲は限界まで風を集めて、狼を風で包んだ。
咲の隣では蕾が、頑張って、と狼に向かって叫んでいた。
それでも、狼の傷口が治まることはなかった。


「無駄だ」


刀を鞘にしまいながら欅が言い放った。
辺りには化け物の姿はなく、欅が全て倒したらしい。
蕾は欅の前まで飛んで行き、鋭い目つきで欅を睨み付けた。


「何でよ!わからないじゃない!」
「咲、わかってるだろ」


蕾がはっと咲を見た。
咲は春風を止めて、狼の手を取りながら頭を撫でていた。


「…ごめんね、助けてあげられなくて」


蕾から咲の表情は見えないが、どんな表情しているか蕾はすぐにわかった。
こんなとき何も出来ない自分が蕾は嫌でしかたなかった。
狼達は亡き友のために遠吠えを挙げた。
遠吠えを聞きながら咲は意識が途切れた。






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