芽吹き村を出た後、蕾の案内で咲は花守神社へと向かっていた。
蕾の話によると、春風神宮のときのように森の奥に花守神社があるらしい。
遠くの方から鳥の囀りが小さく聞こえた。
鳥の囀りと今は朝だということを咲は知った。
咲は一晩ぐらい眠っていたらしい。
朝にしか鳴かない鳥の囀りを聞いた咲は理解した。
春風というのはそんなに疲れるものなのかと咲は思った。
ふと前に浮かぶ蕾という妖精を咲は見た。
柊と同じように咲のことを咲希と呼ぶ妖精。
背中を見つめれば見つめるほど、咲の中で疑問は膨らむばかりだった。
「蕾ちゃん、咲希って一体誰?その人に一体何があったの?」
「あの女から何も聞いてないの?」
咲が頷くと、蕾は櫻花の愚痴を零しながら、咲希という女性について話してくれた。
咲希という女性は当時花守である菖蒲に頼まれて、柊と共に桜か咲かない原因を調べていたそうだ。
原因は桜の力がほしいと思った鬼が桜の力を封じ、力の核を捕ろうとしたからであった。
原因がわかった蕾達は直ぐに力の源となる桜の木へと急いだ。
だが、蕾達が駆け付けたときには核は捕り出されていて、桜の木が腐食していた。
核がなければ桜の木に宿った力がまとまらず、力の暴走が始まって植物の安定が悪くなるそうだ。
「そっか。それから、どうなったの?」
「その先はどうなったのかわからない」
「どうして?」
「咲希様はあたしを封印したの」
蕾の言葉に咲は驚いた。
相棒のようだった蕾を咲希はどうして封印したのか。
当時の咲希の考えが咲には理解できなかった。
蕾は無表情で淡々と話を続けた。
「咲希様が何であたしを封印したのかわからない。わかることは咲希様が桜の核となったことだけ。桜が咲かないのは咲希様が危ないこと。咲希様が危ないならあたしは全力で頑張る」
「私も手伝うよ」
迷う間もなく咲は言った。
蕾は珍しいものを見るような顔を咲に見せた。
「まだ初めて会ったばかりなのにそんなこと言って良いの?嘘吐いているかもしれないよ?」
「蕾ちゃんが嘘ついているように見えないし、それに私、桜を咲かせたいの。だから、2人で協力して桜を咲かそう」
「清らかで優しいのね、咲は」
少し照れた顔をしながら蕾は一回転して、咲の肩に座った。
「さっきはごめん。目覚めたばかりで、咲が咲希様じゃないことを責めてしまって」
「気にしていないから平気だよ」
咲が笑うと、蕾は手を広げて咲の周りをぐるぐると回った。
彼女なりの喜びの表現らしい。
蕾の表情は生き生きとしていた。
「花守神社はすぐよ、早く行って花の鏡を手に入れよ」
蕾は加速して、花守神社の方へと飛ぶ。
咲は蕾を見失わないように慌てて後を追い掛けた。
蕾が行く先には赤い鳥居が建っていた。
鳥居の向こう側から太陽の光が差しているのか、咲には眩しくて見えなかった。
咲が鳥居に一歩足を踏み入れると、眩しい光がなくなった。
辺りを見渡すと、木々に囲まれた花畑が広がっていた。
たくさんの花が咲き誇り、何百もの花の色が辺り一面を色付けていた。
木々の向こう側には、遠くの山が見えた。
この光景は春風神宮のときと似ていたが、春風神宮と比べて緑が少なく、花ばかり生えていた。
花畑の中心には桃色の鳥居と赤い社が建っていた。
「あれが花守神社…」
咲が今まで見たことがある神社とは違って、建物が綺麗で華やかだった。
いつもお参りに行くところはどれも古びた社ばかりだった。
花の神がいるだけあって、花守神社は花に因んだ色合いだった。
「ほら、ぼーっとしてないで行くよ」
蕾に急かされながら咲は花守神社へと続く道を歩いた。
歩く度に足元で花が舞って綺麗だった。
桃色の鳥居に近付くに連れて、梅や桜などの花模様が描かれていることに気付いた。
遠くで見ても華やかな色合いだが、近くでも華やかな模様が描かれていて、咲は凝視した。
ニつ目の鳥居に足を踏み入れると、再び世界が変わった。
空から花びらが舞い降りていたのだ。
花びらを見た咲は白昼夢の出来事を思い出した。
あのときも空から桜の花びらが舞い降りていた。
―これは白昼夢?
咲が辺りを見渡すと、地平線の向こうまで花畑だった。
先程まであった森や山の姿がなくなり、気の遠くなるところまで花畑が続いていた。
ここまで広い花畑を見たことがない咲は歓喜を口にした。
しかし、白昼夢と違って桜の木が見当たらなかった。
「何者ですか?」
社の入り口には、着物を着た人が立っていた。
着物は春にぴったりな桃色を主体としたもの、描かれた春に咲く花が綺麗に描かれていた。
「あなたは…」
「久しぶり、花の神。今の状態、わかっているよね?」
「はい。そちらの方、前へ」
咲が一歩前に出ると、花の神の前に花模様の鏡が現れた。
鏡の表面は透き通っていて、咲の顔や姿を映していた。
咲は鏡の表面を汚さないように鏡の縁を持って受け取った。
花の神は目を細めて咲を見つめていた。
「あなた、名は?」
「咲です」
「咲、良い名前ですね。咲希にも似て、可憐な方ですね。髪が短いせいで少々幼く見えますが」
「えっ?」
「必ず、桜の力を取り戻して下さい」
「はい、ありがとうございます」
「行こう、咲」
「待って」
行こうとする咲と蕾を花の神は引き止め、花で作れた腕輪を咲に差し出した。
腕輪に付いている白く丸い花が綿の実のように柔らかそうで、茎と茎が綺麗に結われていた。
「これは?」
「ただの白詰草で作った腕輪です。お近づきの印にあなたに差し上げます」
そう言って花の神は咲の腕に花の腕輪を括り付けた。
花の神の指には同じ白詰草で作った指輪をはめていた。
花の腕輪なんて久しぶりな咲は、付けて貰うだけで気持ちが高まった。
「ありがとうございます!」
「お気を付けて」
「はい!」
咲と蕾は花の神に見送られて、花守神社を後にした。
遠くからでも花の神は咲の腕に付けられた白詰草を確認出来た。
「どうか、あの子の未来が幸多くありますように」
2人の姿が見えなくなるまで、花の神は我が子を見送るかのような目で見ていた。
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