サクラサク








「咲希」

―咲?

「咲希、起きて」

―誰…呼んでいるの…


「春風を使って疲れたんだね。私の力をわけてあげる」


声と共に暖かい何かが咲の身体の中に吸収されていった。
さっきまで疲れていた身体が楽になり、重かった身体が軽くなったことを咲は感じた。
目を開くと、咲の目の前には白昼夢で会った青年がいた。
あのときは遠くだったが、今は咲の目の前にいるから青年の顔がはっきりと見えた。
白い肌に黒い瞳。
髪はやはり黒く、流れていた。
綺麗な顔立ちをしていて、貴族にいそうに見える人だった。


「柊…さん…?」
「咲希、あと2つ。早くしないと取り返しのつかないことになってしまう」
「わかっている。早く桜を咲かせたいもん」


咲が笑うと、柊は悲しげな顔をした。
その顔の意味が咲には全くわからなかった。


「ありがとう、ごめん」
「えっ…?」


どうして柊が謝ったのかと咲が聞こうとすると、邪魔するかのように桜の花びらが舞った。


       


再び目を開けると、咲は布団の中だった。
今までの出来事が夢だとわかったと同時にここは一体どこなのか咲はわからなかった。
見馴れない天井とそこに描かれている模様。
身体を包む今まで母親の腕の中以外で感じたことがない程の柔らかい感触。
けれど、母親のように温もりは感じ取れなかった。
多分、今自分は布団の中にいるのだろうと、咲は思った。


「ここは?」
「櫻花様の屋敷です」


咲が問うと、答えがすぐ横から声がした。
顔を横に動かすと、紫色の着物を着た女性が正座して座っていた。
この気品のよい女性を咲は知らない。


「どなたでしょうか?」
「楓と申します、咲様」


楓は膝の前に手を添えて、咲に頭を下げた。
咲は慌てて起き上がり、布団の上で楓に頭を下げた。
そのとき、咲は桃色の着物ではなく、白い寝間着を着ていることに気付いた。
楓と目が合うと、楓は咲に微笑してみせた。
楓はお姉さんと呼びたくなるような、大人の雰囲気を漂わせる人だった。
きっとこの人が着替えさせてくれたのだろうと咲は思った。


「あの、私、一体…」
「あなた様は狼達を鎮めた後、気を失い、欅にここまで運んでもらったのです」


楓の説明で咲は当時のことを思い出した。
少し驚いたことは、欅が咲をこの屋敷まで運んだことだった。
その姿を想像するだけで、咲の胸は少し高鳴りを感じた。
あとでお礼を言わないと咲はしみじみ思いながら、手元に春の勾玉がないことに気付いた。


「あの、春の勾玉は?」
「そこにあります」


楓が咲の枕元を示した。
すぐ近くにある春の勾玉を見た咲は血相を変えた。


「大変!早く櫻花さんに渡さなきゃ!」
「その必要はありません」
「えっ?」
「これに着替えたら、櫻花様の部屋へ行って下さい」


咲は状況が理解できないまま、楓から着物を受け取った。




+++++++




貰った着物は咲が着ていた着物ではなかった。
色は同じ桃色の着物だが、普段より丈が長く、着物には桜の刺繍が施されていた。
高そうな布地で、単なる平民である自分が着るのは贅沢だと咲は思った。
腰には着物が肌蹴ないように赤く華やかな帯と紫の紐も巻かれていた。
足には足袋を履き、髪には煌びやかな髪飾りを付けた咲はお姫様になったような気分だった。
ここに母親や銀杏がいたらこの姿を見せたかった、と咲は残念に思った。
楓に連れられて、櫻花がいる部屋まで行くと櫻花と欅がいた。


「よく似合っておるぞ、見込んだ通りだ」
「あ、りがとう…こざいます」


櫻花に誉められた咲は顔を椿のように赤く染めた。
櫻花の傍にいる欅は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに無表情に戻った。
欅にはあまり良く思わなかったらしい。
そう思った咲は少し落ち込んだ。


「身体はもう平気か」
「はい。心配をお掛けして申し訳ありません」
「仕方なかろう。初めて力を使ったのじゃ」
「力…?」
「咲希様〜!」
「きゃあ!」


櫻花に聞き返す前に何か小さい者が咲の後ろから抱きついた。
勢いで、咲は前屈みに倒れそうになった。


「誰だ!」


欅が刀を持って近付いてきた。
しかし、咲の後ろに付いている小さい者は咲を掴む力を緩めない。


「あんたこそ誰よ!あたしは咲希様の妖精なのよ!」
「ま、待って!私は確かに咲だけど、あなたの知ってる咲希ではないの!」
「えっ…」


自分のことを妖精と言った者が咲を掴む手を緩んだ。
後ろを振り返ってみると、そこには手のひらぐらいの羽の生えた妖精がいた。
妖精は花柄の可愛らしい着物を着て、ちゃんと足袋と草履も履いていた。
書物で見た妖精と同じ妖精がそこにいて、咲はまだ夢を見ているかと思った。
妖精は茫然と咲を見つめていた。


「咲希様じゃ…ない」
「あ、あのう」


咲が声を掛けると妖精は涙を浮かべた。


「咲希様ぁ、咲希様ぁ、ふぇーん」
「なんなんだ、こいつ」
「もしかしたら、咲希様と共に行動した蕾様ではありませんか?」


櫻花が妖精の名前を口にすると、妖精は泣くのを止めて、睨んだ目で櫻花を見た。


「そうよ!あたしは咲希の妖精、蕾よ!咲希ったら、一緒行くって約束したにあたしを封印して…なんで?なんでなの!?あなたからは咲希様と同じ力、同じ匂いがするのに!」
「ごめんなさい。咲希って人じゃなくって」


泣く蕾を見た咲は夢で会う柊のことを思い出した。
―あの人も私が咲希ではないと知ると、こんな風になるのかな。
と考えるだけで咲の胸は傷んだ。
会いたいかった人だと思ったら別人だったときの悲しみは咲にもわかる。


「蕾様、今再び桜の力が封印されているのです」
「そうだった!三種の神器はあるの?」
「まだ春の勾玉だけです」
「まだそれだけ!仕方ない。小娘!名は!?」
「咲だよ!」
「名前まで似ているね。咲、すぐに支度して行くよ!」
「ど、どこに!?」
「花守神社。早くしないと、桜が本当に咲かなくなっちゃう!」
「わかった!」


桜が咲かないと聞いた咲は支度するため、眠っていた部屋に戻った。
蕾はその場に残り、櫻花と向き合った。


「神社へは咲だけと向かうわ」
「何っ!あそこはっ!」
「わかりました。咲のことをよろしくお願いします」


欅が反論する前に櫻花は了承を出した。
櫻花が了承を出すとは思っていなかった欅と楓は櫻花を見た。
蕾は頷いて、咲の後を追った。
蕾がいなくなると、欅と楓は不安げな顔を櫻花に向けた。


「いいのですか?」
「心配じゃが、今は蕾様に従うしかない。怒りに触れたらこの先、大変なことになってしまうからのう」


櫻花の声はしっかりしていたが、顔は咲を心配していた。
楓と欅はそれ以上何も言えず、主の意志に従った。





back/next



[戻る]