サクラサク







3時間ぐらい掛けて咲は隣村である芽吹き村に到着した。
花盛村と比べて、芽吹き村は広く盛えていた。
また、花盛村ほどにはいかないが、村のところどころでは、季節の花や梅が咲き誇っていた。
芽吹き村の名前の由来はこの辺で一番先に季節の花が芽吹くからきている。
この村に住む人達には実感がないだろうが、花が好きな咲にとっては季節を先取り出来ていいと思っている。


「隣村って久しぶりに来たなぁ」


咲が芽吹き村に遊びに来るのは3ヶ月ぶりだった。
冬が終わって春が来たお陰で、村の間が行き来しやすくなったが、花盛祭に向けての準備が忙しかったため、それどころではなかった。


「あ、咲!」


振り向くと、密編みの女の子が駆け寄ってきた。
芽吹き村に住む咲の友達の紅葉だ。
赤と茶色の着物を着て、白い花で作った腕輪を腕に着けていた。
籠を背負っているから今から山菜でも採りに行くのだろう。


「紅葉!」
「久しぶり、どうしたの?」
「芽吹き村の村長さんに用があって来たの」
「村長さんならいつものようにあそこの建物にいるよ」


紅葉は村の中心に建つ屋敷を指差した。
花盛村の村長の家よりも大きく、門や塀などがしっかりとしていた。
何度も見たことがある咲だが、どうして花盛村と芽吹き村の村長の家はこんなに違うのか不思議だった。


「ありがとう」


咲は紅葉と別れて、村長がいる屋敷の門へと向かった。
門の前には、咲の2、3倍歳上の男性の門番が立っていた。
門番は仏像のように無表情で、怖そうな人だった。
怖そうな門番に話し掛けるのを躊躇う咲だが、桜を咲かせるために勇気を持って話し掛けた。


「あのう、村長様にお会いしたいのですが」
「だめだ。今村長はお忙しい」


予想通りのきつい言い方で門番は咲に言い返した。
普段の咲なら諦めて、引き下がるところだ。
しかし、こんなところで時間を掛ける暇なんて今の咲にはなかった。


「そこをなんとか!このままでは桜が咲かないのです」
「合言葉は?」
「えっ?」
「合言葉は?」


無表情で門番は聞き返した。
突然の質問に咲は混乱しながら、長老との会話を振り返った。
しかし、合言葉のことなんて、村長の口から言われた記憶がなかった。


「銀杏長老様から合言葉なんて聞いていません」
「よし、入れ」
「はい?」


正直に言ったら門番が、突然中へ入ることを許した。
合言葉なんていつ言ったのかわからない咲は首を傾げ、考え始めた。


「入りたくないのか?」
「は、入ります!」


合言葉のことを考えながら、咲は門の中に入った。
咲が中に入ると門番は門を閉じて、ついてこいと言って奥へ歩いていった。
村長がいるところまで道案内をしてくれるらしい。


―この人、意外と良い人なのかな?


なんてことを考えながら、咲は門番の後をついていった。
屋敷の中央にある建物に入り、建物の中の長い廊下を歩いていく。
ふと庭を見ると、魚が住む池あったり、いろいろな種類の木が植えられたりしていた。
もちろん、それらの周りには季節の花も植えられていた。
花盛村より広すぎる村長の家を見た咲は、自分の村がどれほど貧乏なのか、考えるだけで悲しくなった。
咲が庭を観察しながら歩いていると、突然門番が足を止めた。
庭ばかりを見ていた咲は同然門番の背中にぶつかった。
すみませんと咲が謝ると、門番が身体を横に向けた。
怒られるかと思ったが、門番は横を向いて廊下に座った。
何かあるのかと咲が横を見ると、そこには花の絵が描かれた大きな障子があった。
この障子の向こう側に村長がいるのだろう、と咲はすぐに分かり、門番の横に並んで座った。
門番は障子を開けて中に向かって深々と頭を下げた。
障子を開くと共に部屋の中から花のいい薫りがした。


「村長、来ました」
「来たか、通せ」


中からは女性の声が聞こえた。
しかも、声からして銀杏よりもとても若く、咲の母親の恵よりも若かった。
村長というのは村を納める偉い人である。
花盛村ではその村で一番年上の人、つまり長老が村長の役割をなす。
咲が混乱していると、門番は返事をしながらもう一度深々と頭を下げて、咲に向かって手招きをした。
咲は立ち上がって、恐る恐る中を覗いた。
床は畳一面敷き詰められ、壁紙には草花の模様が描かれていた。
部屋の中央に十二単姿の黒髪の女性が座っていた。
布地には壁紙のような花模様が描かれ、飾りも全て花の形か花そのものだった。
黒い髪は畳にまで着いていて、睫毛が長く、赤い口紅を塗っていた。
綺麗な人、と咲は見惚れた。
それと比べて、咲はいかにも田舎者ですという服装だったから恥ずかしかった。
女性は咲を見ると、目を細めて微笑んだ。


「お主が受け継ぐ者か」
「受け継ぐ者?」


聞いたことのない単語に咲はオウム返しした。
咲の反応を見た女性は眉を潜めた。


「銀杏から聞いてないのか?」
「何のことですか?私はただ桜を咲かしたいのです」


咲が素直に答えると、女性は溜息を吐いた。
おしとやかな人かと思った咲だが、意外と気の強い人なんだと思った。


「あやつ、面倒だからってわらわに押しつけたな」
「えっ?」
「まぁよい。名は何という」
「咲です」


名前を告げると、女性は口の前に着物の裾を添えて驚いていた。
何か悪いことを言ってしまったのかと思いながら、咲は櫻花の様子を伺った。


「まさか似た名前の奴に出会うとはな。これは面白い。わらわは櫻花。芽吹村の村長であり、桜を守護する花守の者じゃ」
「桜を守護する花守?」
「そうじゃ。わらわは長年に渡って桜の木を守護しているのじゃ。桜を通じて情報を得たり、桜の木と会話したりできる」
「桜の木と会話!?」


咲にとっては考えられないことだった。
木と会話が出来るなんて、咲から見れば夢のような技である。
咲の良い反応を見た櫻花は誇らしげに説明した。


「そうじゃ。そうしないと桜の木の守護も大変じゃからな。桜の木には不思議な力がある。その力を我のものとする者や封印する者がいる」
「白昼夢の中であの人が言ってたことだ」


咲の頭に白昼夢で会った青年の言葉とそのとき映像が浮かんだ。
『桜には特別な力がある。その力を嫌う者が封印してしまったんだ』
あの話は本当のことだったのだと、咲は改めて確信した。


「心当たりがあるのか?」
「いえ、白昼夢の中で見た男の人に言われたのです。桜が咲かないのは、桜の力を嫌う者が封印してしまったからと」
「男?それは黒髪の長髪で白を基調とした青い袴を着た青年か?」
「はい」


咲が頷くと、櫻花の顔は信じられないと言っていた。
柊のことを全く知らない咲は櫻花の反応に首を傾げた。


「…その者の名は柊…1000年前、桜の力が失われそうになったとき桜の木を救って下さった御方だ」
「1000年前にも今みたいなことが起きたのですか?」
「そうじゃ。話でしか聞いたことがないが、それはおぞましい出来事だったそうじゃ」


櫻花の話によると1000年前のある日、いつも桜が咲く季節になっても今のように桜が咲かなかったそうだ。
当日、この周辺を守っていた花守が異変に気付き、何人かの部下に原因を調べるように命令した。
しかし、時は既に遅かった。
全ての桜の木が腐食していき、他の草花や木が枯れ、世界が黒く染まってしまった。
空を見上げても、太陽も月も見えない暗闇の世界となっていたそうだ。
誰もがこの世の終わりだと嘆いていた。
そのとき、桜の力を封印していた者と戦ったのが、咲の白昼夢に出てきた柊という青年である。
柊は桜の力を取り戻し暗闇の世界を消して、元の平和を取り戻したそうだ。
初めて聞く話に咲は惚れ惚れとしながら聞いていた。


「村長様。私も柊さんみたいに桜の力を取り戻したいです!」
「柊に導かれたのじゃ、おぬしにもその資格がある。この村から南に進むと、春風神宮がある」
「春風神宮?」
「そうじゃ。そこへ行き、春の勾玉を貰って来い」
「わかりました。では、行ってまいります」
「待て。欅、いるのだろ」


櫻花が呼ぶと横の襖が開いた。
そこには緑と濃い灰色の着物を着た青年が正座をして、背筋を伸ばして座っていた。
少し長い黒髪に覆われた顔は瞼を閉じているためどんな人なのかはっきりしないが、綺麗な顔立ちだった。
きっと櫻花の家臣なんだろう、と咲は思った。
青年は拳を床につけて、櫻花に向かって頭を下げた。


「欅、ここに」
「咲と一緒に春風神宮へ行け。地形が詳しい奴を連れて行った方がよい。それに“奴ら”が襲撃するかもしれぬ」
「仰せのままに」
「咲、気を付けるんじゃ。あそこはここ最近物騒な噂しか聞かない」
「はい。ありがとうございます」


深々と頭を下げて、咲は欅と共に春風神宮に向かうことにした。
春風神宮へ行ったことがない咲は頭の中で、化け物が住む危険な神宮を思い描いていた。





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