サクラサク
寒い冬が終わり、梅が咲き誇れていた。
細い枝先に咲く白い花は、春の訪れを知らせながら幼い子供の笑顔のように可愛らしく咲いていた。
梅が散り始めた頃になると、春に咲く定番な桜が花を咲かす。
ある村では、桜が咲く時期になると活気に溢れる村があった。
その村の名は、花盛村。
花盛村は4月になると、村中に植えられた桜が一斉に開花し、村全体が桜に覆われる。
そのため、たくさんの桜を観ようと、辺りの村や都から人が花盛村に集まる。
4月に近付くにつれ、桜の木々は蕾を出し、村の人達は開花に向けて準備を進めていた。
そんな中、少女は桜の木に登り、そこから見える村の様子を観察していた。
少女は着物を着ていた。
桃色を主とし、桜の模様が入っており、丈が膝上ぐらいまでしかなかった。
頭には、梅の花の形をした髪飾りを身に付け、風が吹く度に少女の焦げ茶色の髪と一緒に揺れていた。
この場所は少女にとってお気に入りの場所だった。
ここからは村中の桜の木が見渡せられる。
桜が咲くと、村全体が桜に覆われて、まるでピンク色の海を見ているような景色が眺められる。
少女はいち早くその景色が観たくて、桜の蕾が出来た頃から毎日木に登って村の様子を眺めていた。
「咲!咲!どこにいるの?」
遠くから少女を呼ぶ声が聞こえてきた。
少女、咲は名前を呼ぶ人を見つけると大きく手を振った。
「ここにいるよ」
「またそんなところに登って、はしたないよ!」
「だって、ここからの眺めは最高なんだよ、お母さん」
「いい歳なんだからそろそろやめなさい」
「はーい」
口を尖らせたまま咲は身軽に桜の木から降りる。
娘のお転婆さを見た母、恵は将来を考えるだけで頭が痛かった。
「今年は桜の開花がいつぐらいになるかな?」
「長老はあともう少しだと仰っていたけどねぇ」
桜の開花については毎年、村の銀杏長老が村人に伝えていた。
毎年、長老がもう少しで咲く、と言ったら、2、3日で桜は花を咲かせていた。
「でも、蕾がまだ小さいよ」
しかし、今年は長老がもう少しと言ってから2日経ったが、桜が花を咲かせる様子はなかった。
咲が首を傾げていると、一緒になって恵も首を傾げた。
「いつも予想が的中する長老が珍しいことね」
「今年は長老の予想が当たらなかっただけじゃないかな」
「そうね。そんなときもあるよね。あ、そうそう、朝ご飯が出来たから」
「はーい」
咲と恵は深く考えないことにして、家へと入って行った。
2人が家の中へ入る様子を青年が、咲が登った桜の木の下から見ていた。
+++
「桜、早く咲かないかな」
朝ご飯を食べた後、咲は庭にある大きな桜の木を見上げていた。
咲が見上げている桜の木は、村の中でも古くから立てられた桜の木である。
木の幹はその年の長さを物語るかのように太く、色も若い木より年を取っているために黒かった。
咲はこの桜の木が大好きだった。
小さい頃から一緒に暮らし、親のように見守っていているこの木が大好きだった。
母親に叱られたときや悲しい事があったら咲は必ずこの木に登っていた。
もし、結婚するなら、この桜の木の下で式を挙げたいと考えていた。
「あれ?」
木からひらひらと何か揺れて落ちてきた。
咲は手を伸ばして、それを拾う。
「桜の花?」
それは毎年見ている桃色の小さな桜の花びらだった。
しかし、村中の桜の花はどの木もまだ咲いていない。
こうして桜の花びらが落ちてくるなんて不自然な事である。
咲が拾った花びらを観察していると、風が吹いた。
見上げると、花が咲いていない木からたくさんの花びらが落ちてきた。
どうして花がない木から花びらが落ちてくるのか、咲にはわからなかった。
咲は舞い降りる桜の花びらに見惚れていた。
桜の花びらに誘われるように身体が自然に動いた。
咲は落ちてくる桜の花びらを手で掬い、息を吹き掛け、宙へと返す。
また花びらを手で掬い、また飛ばす。
気付いたら咲は桜の木の回りで踊っていた。
どうして踊っているかわからないまま、咲は身体が動くように従った。
咲は不思議な感覚に浸っていた。
夢を見ているかのようにふんわりとした感覚。
寝ていないのに寝ているような心地だった。
ずっとこのままいられたらいいと、心のどこかで願っている自分がいることに咲は気付いた。
だが、終わりの合図のように強い風が吹いた。
たくさんの花びらは雨のように咲の体を叩く。
咲は目を閉じて、風が吹くのをじっと待った。
風が止んで、目を開けると、そこには白を基調とした着物と青い袴を着た青年が立っていた。
桜の花びらと共に青年の黒髪が揺れていた。
「誰…?」
その人は咲が見たことがない青年だった。
少なくとも村の住人ではないことは明確である。
青年がどんな表情をしているのか見えないのに咲は悲しげな表情をしているような気がした。
「桜を咲かせて」
青年の第一声だった。
一体何のことなのか咲にはわからなかった。
「桜を?どうして?」
「今、全ての桜は封印されている」
「封印?」
「桜には特別な力がある。その力を嫌う者が封印してしまったんだ」
咲は昔、村の長老から似たような話を聞いたことを思い出した。
桜には不思議な力があり、その力で村を守っている。
だから、その力を狙う悪い奴らもいるのじゃ、と。
「じゃあ、封印を解けば桜が咲くんだね。私、桜を咲かせにいくよ」
「ありがとう、咲希」
青年が微笑むと、また強い風が吹いた。
次に咲が目を開けたときには、青年の姿はどこにもなかった。
「…あの人、どうして私のこと咲希って言ったんだろう」
青年が立っていたところを見つめながら、咲は不思議に思った。
考えていると、咲は重大なことを思い出した。
「あっ!封印ってどうやって解くのか聞くの忘れた!」
+++
花盛村の銀杏長老は、自宅の庭にいた。
銀杏はボーっとした様子で、庭の花壇を見つめていた。
花壇には色とりどりの季節の花が咲き誇れていた。
これらの花は、季節毎に銀杏が自ら種を植えて大事に育てていた。
そのため、季節に合った花がいつも花壇を飾っていた。
花壇の近くにある梅の木は花を咲かし、木の下では散った花びらが地面に軽く化粧をしているようだった。
しかし、梅の木の隣に植えられた桜の木には蕾があるが、まだどの蕾も花を咲かせていなかった。
もう咲いていいはずだが、桜の蕾は縮こまるばかりだった。
「困ったのぅ」
「長老〜!」
淋しそうに銀杏が桜を見上げていると、足音と共に咲がやってきた。
銀杏は穏やかな表情をしながら、咲を出迎えた。
「どうしたんじゃ?咲」
「長老!桜の封印を解く方法を教えて下さい!」
「桜の封印じゃと?」
予想外のお願いに銀杏は驚いた顔をしながら、咲に聞き返した。
「そうです。桜が咲かない原因は変な奴らが桜を封印したからです」
「ふむ…桜を封印するとはあれが起こってしまっているのか」
「あれ?」
「咲、その情報は誰から聞いたものじゃ?」
「わかりません。袴を着た私より年上の男の方です」
長老は少し考えた後、咲を見た。
咲は真剣な顔をして、銀杏を見つめ返した。
「…良かろう。お主に桜の封印を解くことを任せよう」
「ありがとうございます、長老」
「桜の封印がある場所はわからん。隣村の村の村長に聞けば何かわかるかもしれぬ」
「わかりました。それでは行ってきます」
「待て!」
去ろうとする咲を引き止めると、銀杏は家の中に入って行った。
銀杏は仏壇に挨拶し、仏壇の前に置かれた桜の絵柄が描かれた短刀を持って、家から出てきた。
「これを持って行け」
「これは、刀?でも、短い」
「代々伝わる短刀じゃ、何も持って行かないなんて物騒だからの」
「ありがとうございます。それでは、改めて行って参ります」
「気を付けるのじゃよ」
「はい!」
銀杏に一礼をしてから咲は短刀を懐刀に仕舞い、家へと走って帰った。
咲を見送った銀杏は咲の姿が見えなくなると一息吐いた。
「あんなことにならぬとよいじゃが」
銀杏は不安そうな顔をしながら、咲かない桜の木を見上げた。
+++
咲は家まで一直線に走って帰った。
家に帰ると、母親はいつ桜が咲いてもいいように祭りの準備をしていた。
花盛村では桜が満開になったとき、無事に満開になったことを祝う花盛祭を行っていた。
その祭りの中で使う飾りや祭で配る造花の桜を毎年母親が作っていた。
恵は咲に気付くと、おかえり、と定番の挨拶をした。
「お母さん!私、桜を咲かせに隣村に行く!」
「桜を!そんなこと庶民のあたしらには出来っこないよ」
「でも、封印を解かないと桜が永遠に咲かなくなっちゃう!」
咲の必死の抗議に恵は少し考えた後、頷いた。
「…わかった。あなたの言葉を信じるよ」
そう言って恵は立ち上がり、家の奥へと行った。
咲が玄関で待っていると、薄い茶色の斜め掛け鞄を持ってきた。
それはいつも咲がお出かけ用に使う鞄である。
「ほら、旅に必要な物を入れといたから」
「ありがとう!お母さん!」
咲は恵から受け取った鞄をすぐに肩に掛けた。
鞄を肩に掛けたことで、改めて胸が高鳴っていることを感じた。
「これは旅に必要なお金、大切にしなさい。あと御守りよ」
お金が入った梅が描かれた巾着と桜の花びらが描かれた御守りを渡された。
その御守りは、毎年恵が良い1年になりますようにと願いを込めて作っている御守りだった。
咲は恵に渡された物を鞄の中へ、お守りは落とさないように懐へと大事にしまった。
「ありがとう!行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
家の前に立つ恵に手を振りながら、咲は隣村へと向かった。
娘の無事を祈りながら恵は娘が見えなくなるまで、娘の背中を見守っていた。
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