世界一の実
学校へ行ってからも、詩緒は藤宮に話し掛けて続けた。
相変わらず、藤宮は黙ったままで、詩緒の話を聞いているのかどうかわからない。
擦れ違う生徒達は、2人の間に何が起こったんだ、とジロジロと見ていた。
教室に入ってからも、教室にいる生徒や、教室の前にいる生徒達が、詩緒と藤宮に注目していた。
でも、詩緒はそんなの気にしない。
藤宮も、周りを気にしないタイプなのか、ずんずんと自分の席へと行った。
肩に掛かる、重たい鞄が邪魔だったから、詩緒は藤宮と離れて、自分の席に鞄を置いた。
藤宮と離れた詩緒のところに海菜や友達が集まってきた。
「詩緒!あんた一体どうしたの!?」
クラスメートの唯子が大きな声で詩緒に聞いた。
その声の大きさを耳元で聞いた詩緒は、思わず耳を塞いだ。
唯子の後ろでは、突然の唯子の声に驚いて、何があったのかと、こっちを見ていた。
「どうしたのって、どうもしてないよ?」
「嘘おっしゃい!じゃあ、どうして藤宮と一緒に登校したの!?」
唯子が藤宮を指差しながら、詩緒に問う。
当の本人は、よく一緒にいる男子生徒に話し掛けられていた。
男子生徒に何か言われると、首を横に振っていた。
「…登校途中で会ったから」
「でも、詩緒ちゃんって藤宮くんと接点ないよね?」
クラスメートの未佳子が詩緒の前の席に座って、不思議そうに聞いてきた。
未佳子の隣に海菜が、腕を組んだまま立つ。
「うん。でも、クラスメートだし、仲良くしてみたいなと思って」
「でも、藤宮は止めといた方が良いって!危ないよ!!」
「それ、昨日、海菜にも言われた」
「だったら!」
「でも、人って見かけによらないと思うよ。噂は噂。藤宮くんは良い人だって」
「昨日、たまたま助けてもらっただけで、そう考えるはどうかと思うよ?」
不機嫌な顔をしながら海菜が口を開いた。
やっぱり、昨日のことをまだ怒っているらしい。
唯子と未佳子は、初めて聞いた事に耳を疑った。
2人共は、あの藤宮がナンパに絡まれた詩緒を助けるなんてことをするとは、考えられなかったからだ。
藤宮はクラスでもいい印象がないから、2人が驚くのは無理もない。
「だけど、噂通りなら藤宮くんがあたしを助けるなんてありえないよ。藤宮くんは良い人なんだよ!」
「私、詩緒ちゃんの意見に賛成ー」
片手を上げなら未佳子はニコニコしていた。
唯子と海菜は予想外な反応を示した未佳子を見た。
「未佳子!?どうして!?」
「だって、藤宮くんって噂では冷酷ということでしょ?でも、詩緒ちゃんを助けたんだから噂はやっぱり噂なんだよ」
「未佳子ちゃん!ありがとう!あたし嬉しいよ」
「もし、私も詩緒ちゃんと同じことになっていたら、藤宮くんの噂は嘘だと思うもん。この2人に負けず、アタックだよ、詩緒ちゃん」
「うん!あたし頑張るよ!」
詩緒と未佳子はお互いに手を取り合って、見つめあっていた。
2人の周りには、キラキラと輝くピンク色の恋という名のオーラが放たれていた。
「海菜。この2人が手を組んだら勝てないと思うんだけど、ウチ」
「…そうね」
目の前ではしゃいでいる詩緒と未佳子に付いていけない唯子は呆れていた。
海菜は、笑っている詩緒を心配そうな眼差しで見つめていた。
その後、藤宮と詩緒のことが学校全体にまで広がったようだ。
付き合っているのか、付き合っていないのか、片思いだの、両思いだの、いろいろな説が生徒達の間で噂された。
そういう話を詩緒は小耳に挟むこともあったが、詩緒はそんなの全く気にしなかった。
この想いを突き通すと決めた彼女の鉄の心には、第三者の戯言なんて、どうでもよかったのだった。
翌日から、詩緒は毎朝家を絶対に遅れて出て、藤宮に会っては話し掛け続けた。
休み時間になっても、海菜達に話し掛けられるまで、詩緒はずっと藤宮に話し掛けた。
その光景になれたのか、海菜と唯子は藤宮について何も言わなくなった。
きっと藤宮の良さがわかってもらえたのだろう。
詩緒は嬉しかった。
嬉しいことはそれだけではなかった。
日が経つにつれ、だんだん藤宮に変化が現れてきたのだ。
前まで無視していた藤宮が詩緒の話を少しずつ聞くようになり、いつの間にか相槌を打つようになったのだ。
こんな短期間で藤宮に話を聞いてもらい、相槌までも打ってもらえるとは思ってもなかった詩緒は心が踊った。
それは朝の登校のときだけだが、詩緒には充分なことだった。
―やっぱり、藤宮くんは優しい人だ。
あのとき、詩緒が感じた直感は間違いではなかった。
詩緒が藤宮に近付けば近づくほど、胸の内に秘めた想いは募るまま。
まだまだ小さい実の中にたくさんの栄養が入っていき、実が熟していくような気がした。
早くこの気持ちを伝えたいと心が叫ぶ。
けど、まだ早いと理性が止める。
詩緒の中にある実はまだ熟していないのだから。
もっと彼に近づいてから伝えちゃダメ。
熟れた実ほど、おいしいものはないのだから。