世界一の実












翌日。


詩緒は学校に遅刻しそうな時間に家を出た。


遅刻しそうな時間に出た理由は、寝坊をしたからではない。


しっかりといつも通りに起きて、いつも出る時間には支度が済んでいた。


また、登校中に忘れ物のために戻ったり、授業に必要な物を捜していたわけでもない。


いつもなら通学路に何人か同じ学校の制服を着た人を見かけるが、今日は見当たらなかった。


遅刻になるかもしれないが、詩緒はそんなこと気にせず、いつもと同じペースで歩いた。


もし、ここで急いでしまったら“彼に”会える確率が低くなるかもしれないと、女の勘が言っているからだ。


胸が高鳴っていく。


夕日に照らされる彼の後姿がふいに浮かんだ。


彼に会えるだろうか。


辺りを見渡して歩くなんて、怪しい人みたいだが、気になって仕方がなかった。


会えたらどんなふうに話せばいいのだろうか。


考えれば考えるほど、詩緒の頭はだんだん真っ白になっていく。


今から全校生徒の前で、演説をやるかのように緊張してきた。


歩いていると、前の角から藤宮が出てくるのを発見した。


辺りには、同じ学校の生徒がいなかった。




―今逃したら、もうチャンスはない。




勇気を出して、詩緒は小走りして藤宮に駆け寄った。



「藤宮くん!おはよう!」



思い切って詩緒は藤宮に元気いっぱいな声を掛けた。


一瞬驚いた顔をした藤宮だが、すぐに無表情になり歩いていく。


詩緒は急いで後についていく。




「昨日は助けてくれてありがとう。藤宮くんって、こっち方面だったんだね」




詩緒が話し掛けても、藤宮は黙って歩いて行く。


多分、関わるなって言っているのだろうと、詩緒はすぐに察した。


でも、詩緒は、そんなことでは引き下がらない。




「そういえば今日は漢字テストだね。今回あたしはあんまり勉強していないんだ。藤宮くんはやってきた?」




詩緒がまた声を掛けると、藤宮は立ち止まり、詩緒を睨んだ。




「俺に関わるな」


「どうして?」


「俺の噂を聞いてるだろ?俺と一緒にいると友達が減るし、先生の目が鋭くなるぞ」




藤宮は、学校での自分が置かれている状況を、充分に理解しているらしい。


知らないと思っていた詩緒にとっては、ちょっと驚きだった。


同時に嬉しくもなった。




「でも、藤宮くんはいい人だもん。あたしを助けてくれたんだから」


「…いい人じゃねぇよ」


「あたしにはいい人に見えるの」




藤宮に何と言われようが、詩緒は笑顔で通した。


一瞬、詩緒の目に藤宮が少し複雑そうな顔をしているのが見えたような気がした。



しかし、すぐに無表情となったはっきりとはわからないが、詩緒の笑みは輝きを増した。




「まだ裏を見ていないからそういえるんだ。俺と話そうとするのはやめろ」


「どうしてそんなに優しいことを言うの?」


「なんのことだ」


「私がどうでもいいならそんなこと言わないよ。やっぱり優しくていい人だね。藤宮くんは」


「…別に」




藤宮は素っ気無く言って、歩いて行く。


詩緒は慌ててその後に続いて歩き、また藤宮に話し掛けた。


鬱陶しい顔をしているけど、心の中ではどう思っているかなんてわからない。


もしかしたら、嫌われたかもしれない。


もしかしたら、ずっと無視され続けるかもしれない。


もしかしたら、一生口を利いてくれないかもしれない。



次々と詩緒の中で不安が募っていく。



でも、それでも詩緒は全然構わなかった。



少しでも藤宮に近付けたような気がするから。


たったそれだけでも、詩緒は一番の幸せだった。





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