世界一の実















「それじゃあ、またね」


「うん!また明日ね!」




海菜と別れた詩緒はいつもの帰り道を歩く。


まだ、詩の内容が頭の中に残っている詩緒はぼーっとしながら帰り道を歩いていた。


何度か壁にぶつかりそうになったり、車道に飛び出しそうになったりした。


気をつけよう気をつけようと考えながらも、詩緒の頭はすぐに詩のことでいっぱいになる。




―甘い甘い実…。




詩緒は空を見上げた。


夕暮れの空は熟したリンゴのように赤ければ、ミカンのように橙色だったりした。




―あの詩の実はこの夕暮れの空のように赤いのかな…それとも橙色かな…。




頭の中で詩の実を想像する。


想像だから、色々な形や色の実が次々と作り出される。


でも、これだという実が想像出来なかった。


試行錯誤に実の形や色を変形させてみるが、納得する実が想像出来ない。





「ねぇ、きみ、愛川高校の生徒?可愛いね」




横から肩を軽く叩かれながら、詩緒は誰かに話し掛けられた。


想像の世界から急に呼び戻された詩緒はちょっと不満そうな顔をしながら、声を掛けた人を見た。


愛川高校というのは詩緒が通っている高校の名前である。


しかし、詩緒に声を掛けてきた人の制服は愛川高校の制服ではなく、荒野高校の制服だった。




「俺と遊ばない?」




そう言いながら、声を掛けてきた男子生徒は笑っていた。


―ナンパだ。


詩緒は血の気が引いた。


噂だが荒野の男子生徒が愛川の女子生徒に声を掛けることが多いそうだ。


クラスの子によると、ナンパするために話し掛けたらしい。


愛川と荒野は2校共、共学で男女の比率も半々となっているが、何故かそんなことがあるそうだ。


だが、噂を聞いた女子生徒のほとんどは身の危険を感じた。


荒野はガラの悪い学校で有名だった。



もし、荒野の生徒にナンパされて断ったら何をされるかわからない。


逆に承諾しても、その後の身の保障はないと思った方がいいと言われる。


詩緒の家は愛川高校から北洋高校へ向かう道の途中にある。


防犯ブザーを持った方がいいと、海菜は詩緒に何回も言ったことがあった。


しかし、自分には縁のない話だと思っていた詩緒は大丈夫と言って持たなかった。


まさか本当に声を掛けられるとは詩緒は思ってもなかった。





「…すみません、急いでいますので…」




そう言って、男子生徒の手を振り落とし、小走りでその場を離れる。


出来ればこのまま、振り切ってほしいと詩緒は強く願った。


だが、男子生徒は逃がさないように離れる詩緒の腕を強く掴んだ。





「待ってよ、遊ぶだけだからいいだろ?」


「い、急いでいるんです!」




手を振り解こうとするが、やはり男女の力の差。


詩緒がどんなに振り解こうとしても、話してくれない。


詩緒の腕を掴む男子生徒の手にさらに力が入る。





「そう言わないで俺と遊ぼうぜ」


「離して下さい!!」



「おい、離してやれよ」


「なんだと…っ!」


「お前は藤宮!」




そこには学校1の問題児で有名な藤宮敦史がいた。


学校帰りらしく、制服姿で肩に鞄をかけていた。


藤宮を見た男子生徒はまるで化け物を見るかのような顔をした。


すぐに詩緒の腕を離して、そそくさと何処かへ逃げて行った。


藤宮は黙って男子生徒が走って行く姿を見ていた。


解放された詩緒はぼーっとしながら藤宮の横顔を見た。





「…大丈夫か?」


「えっ?」


「どこか痛いところとあるか?」


「う、うん。大丈夫。ありがとう」


「これからは気をつけろよ」




そう言い残して藤宮は去って行った。


詩緒は藤宮が見えなくなるまで、藤宮の後ろ姿を見つめていた。








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