きっかけは夕暮だった






目覚めると日暮れになろうとしていた。
――今日も一日終わったんだ。
少女はそう思いながらいつもの特等席で空を仰ぐ。
青々とする空の先には太陽があった。
地平線へと下りていく太陽を黒髪のショートヘアーの少女は見つめた。
空はゆっくり変化していく。
時間が流れるとともに太陽の位置が変化し、空も徐々に色を変えていく。
青かった空のベールにとても薄いオレンジジュースが少し零れた。
そのシミが時間を掛けて青かった空のベールを橙色に彩っていく。
何度も何度もオレンジジュースを掛けられ、空のベールは橙色へとグラデーションされていた。
朝日夕妃は頭の上で繰り広げられる空のアートの観客となっていた。
そして、空に色を塗る絵師である太陽は観客の夕妃を見つめていた。
夕妃も太陽を見た。
太陽は恥ずかしそうに海までも赤くしながらいつも地平線に顔を沈めていく。
こうして、夕妃は沈む太陽を毎日見送っていた。
太陽は家へと帰る人々を見送る。
しかし、人は地平線へと沈む太陽を見送らない。
それでは不公平だと思ったから、夕妃が毎日地平線へと沈む太陽を見送っていた。
これは責務だと、夕妃は感じていた。
今日もその責務を果たそうと夕妃は太陽を見つめていた。
すると、屋上の扉が開く音がした。
いつも人が来ない屋上に誰かが来たらしい。
しかし、夕妃にとってそんなことはどうだってよかった。
夕妃は太陽と空を一心に見つめる。
誰かの足音は下まで来ていた。
気になって見てみると、そこには一人の茶髪の少女がいた。
茶髪の少女は履いていた自分の靴を綺麗に揃えていた。
少女の目には溢れるばかりの涙を浮かべていた。
そして、太陽と見つめ合い、屋上のフェンスへとゆっくり近付いた。
夕妃はすぐにわかった。
あれは太陽を見て感激をしているのではない。
夕妃は特等席から飛び降りた。
茶髪の少女はゆっくりと屋上のフェンスを掴もうとした。


「ダメ!」


夕妃は急いで茶髪の少女の腕を引いた。


「きゃあ!」


突然後ろから腕を引かれた茶髪の少女は悲鳴を上げながら、力が向く方向へと倒れた。
勢いよく倒れてきた茶髪の少女を夕妃は支える。
しかし、夕妃では茶髪の少女を支えきれず、足元のバランスが崩れた。
夕妃は茶髪の少女を庇ったまま、固いコンクリートに身体を打ちつけた。
下敷きとなった夕妃は、痛む箇所を撫でながら膝の上にいる茶髪の少女を睨んだ。


「なにしてるのよ!バカじゃないの!?」


夕妃が怒ると、茶髪の少女は目にいっぱいの涙を浮かべた。


「なんで…なんで止めたのよ!」
「止めるに決まっているでしょ!」
「止めないで!あたしにはもう生きる意味なんてないの!!」
「何自分の都合の良いことを言っているの!」
「あんたに何がわかるの!」
「じゃあ!あなたにはわからないの!?今ここであなたが自殺したら私が悲しむのよ!」
「なんで!?あんたとあたしは他人同士でしょーが!」
「他人同士だったとしても、目の前で人が死ぬところなんて見たくない!」


夕妃は涙を浮かべて、茶髪の少女を抱きしめた。
茶髪の少女は何も言い返さず、ただ抱きしめられていた。


「それに、ここはあたしの好きな場所なの。そんなところを自殺場所に使って欲しくない」
「…ごめん。じゃあ、あたし、行くから」
「ダメ。あなた、他の場所で死のうとしているのでしょ。そんなこと、あたしが許さない」
「あんたとあたしは他人。そんなこと、関係ないでしょ?」
「こうやって会話したらもう無関係じゃないよ」


夕妃は茶髪の少女から離れて、手を差し出した。
少女は目を見開いて差し出された手を見つめていた。


「あたしは朝日夕妃。どうして自殺しようとしたの?」
「…生きるのが嫌になったから」


茶髪の少女は夕妃から顔を逸らして言い放った。
少女の表情は何かに対して怒っている表情だった。


「どうして?」
「…あたしね、両親と仲悪いんだ。あたしは何もしていないのに父親は理不尽に怒るんだ。母親も少し失敗しただけですごく怒ったりして…」


茶髪の少女は手を強く握り締めた。


「…親がいない人もいるっていうのに贅沢な悩みかもしれないけど…あたしはもう耐えられないんだ」
「でも、それで自殺するなんてもったいないよ!親が嫌なら家出すればいいじゃない!」


夕妃がそう言うと茶髪の少女は嬉しそうに笑った。


「そう言ってくれてありがと」


茶髪の少女は夕妃が差し出した手を握り締めた。
夕焼けの太陽に照らされた少女の顔は赤いリンゴのようだった。


「あたしは東雲美代、また来てもいい?」
「もちろん!」


夕妃は美代の手を離さないように握って笑顔で返した。


「夕妃はここで何していたの?」
「太陽を見ていたの」
「太陽を?」
「うん。ほら、見て!」


夕妃は太陽を指差しながら、美代に見所を説明した。
今、2人が見上げている空の色は真上から後ろは青く、前へと顔を向けるとだんだん赤くなっていた。
青と赤との色の境は薄い紫色となっており、全体を見るとグラデーションとなっていた。
昼間は青一色なのに、太陽が傾くだけでたくさんの色を見られる凄さを夕妃は力説した。
熱心な夕妃の説明に美代は胸が高鳴った。


「面白い。そうやって聞くと、いつも見る夕暮れが違って見える」
「失礼な!これでも毎日違うんだからね!」
「そうなんだ。なんか、空って面白いね」
「気まぐれでしょ?」
「うん。なんだか、猫みたい」


夕妃と美代は笑いあった。
地平線へ沈む太陽は2人を見守る親のようだった。




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