幸せな思い出と絵
卒業式まで二週間に迫ると、特別日課の中に卒業式の練習が入ってきた。
練習中はとても退屈だった。
あたし、平井絵梨佳の出番は卒業証書を受け取ることと、校歌の伴奏者を務めることだけ。
それ以外の時間はただただ黙って先生の話を聞いたり、代表の生徒の話を聞いたり、他の人が卒業証書を受け取るところを見るだけだった。
―なんでこんなことをしなくちゃいないの?
頭の中で呟いた。
絵梨佳にはやりたいことがたくさんあった。
絵を描くのが好きで、高校へ行っても美術をたくさんやりたいと、思った私は見事第1希望にしていた美術専攻の高校へと入れた。
合格発表を見ていろいろな資料が入った袋の中に、春休みの宿題についてのプリントが入っていた。
プリントに書いてあることによると、春休み中に“幸せ”をテーマにした絵を描いてくることが宿題だそうだ。
幸せと言ったら、好きなものをたくさん食べたときの幸せ、好きなことをとことん出来る幸せ、恋愛で言えば、好きな人と両思いになったときの幸せ。
考えれば、頭の中でポップコーンを作るとき、コーンがはじけるみたいにポンポンと頭に浮かんでくる。
いろいろと考えてみるとが、どの幸せも絵梨佳を納得させる幸せではなかった。
―何かいい幸せがないかな?
入学式までまだ時間もあるからゆっくり考えようと、思い式練の最中や家とかでいろいろ考えていた。
考え続けて残り約一週間というとき、卒業練習が終わった後の学級活動でみんながお楽しみ会で何をするのか決めている最中、空を見ながら考えた。
でも、いくら考えても何も浮かばなかった。
「絵梨佳、何しているの?」
絵梨佳の目の前に座っている江川歩深(あゆみ)が後ろを振り返って話し掛けてきた。
小学校からずっと同じクラスで、親友である歩深のことを絵梨佳はあゆ、って呼んでいる。
ちなみに歩深は自分のことをあゆと、呼んでいて、結構気にいているニックネームらしい。
絵梨佳よりも歩深は勉強やスポーツがずっと出来る子だ。
「あ、あゆ。幸せってなんだと思う?」
「・・・頭でも打ったの?」
「違うよ。あたしの高校の宿題で“幸せ”をテーマにした絵を描かなきゃいけないの」
「大変ねぇ、あゆの学校でも宿題があったよ?いろいろプリントをやらなきゃいけないから大変ったらありゃしない」
歩深が行く学校が進学校で、ここらでも有名な難関校だった。
そんな難関校に受かった人が絵梨佳の親友だったなんて、思わず溜息が出てしまう。
本人は、そんなことないよ。自分が行きたいと思ったところに行ければまだ幸せだよ。行きたい高校へ行けない人だっているんだから、と言って苦笑していた。
そういえば、そこでも“幸せ”という言葉が出ていた。
自分の思い通りにことが進むのだから人はそれを“幸せ”と呼ぶかもしれない。
でも、その“幸せ”について何か違うなぁと、思った絵梨佳は描こうという気にはなれなかった。
歩深がいろいろとアドバイスをくれたが、これだ!というようなものはなかった。
どんな幸せを描こうかと悩んでいるうちに、卒業式まで後約一週間になろうとしていたことにふと思った。
3年間、同じ学校で同じ勉強をして学んだ仲間達がバラバラになってしまう日まで後約一週間。
みんなと別れるのは寂しいことかもしれないが、絵梨佳はそんな気に離れなかった。
別にいつか離れ離れになるんだから、仕方ない。
誰に聞いたか忘れたが、別れは早めにした方が後残りにならないというから、早く卒業式が終わってほしかった。
帰りの学活が終わり、帰ろうとしたら美術の先生に呼ばれて渋々職員室へ行った。
内容はずっと前に絵梨佳が描いた絵を学校に展示してもいいかという話だった。
断る理由もなかったから、絵梨佳は了承した。
他にも部活のとき描いた何点かの絵について貰ってもいいかと聞かれたり、返し忘れたらしい絵を返されたりした。
用事が全て終わると、絵梨佳はすぐに職員室をあとにして教室へと足を進めた。
やることがない3年生は帰りの学活終了後すぐに帰ってしまう所為で、誰か残っている気配がなかった。
外からは体育の授業をしていると思われる1年か2年の声や、音楽室からはリコーダーの音が聞こえてきた。
これらの音を聞いて何故か部活のときのことをふと考えた。
引退する前は今の1,2年生と同じように絵梨佳も毎日美術室へ行って後輩や同級生と話したり、課題とされている絵を描いたりていた。
だけど、引退後は受験勉強を熱心にしていた為、部活には顔を出さなくなった。
まぁ、引退したから別にいいことなんだが。
廊下を歩いて自分の教室へ入ろうとしたが、絵梨佳は足を止めた。
誰も残っていないと、思って教室には学級委員の盛岡洋平が一人で黒板と睨めっこしていた。
洋平とあまり接点がない絵梨佳は、いつもはスルーするが何故かそこで立ち止まってしまった。
1人で何か考えている盛岡を見ていると、頭の中が真っ白になるような気がした。
「ん?平井??」
睨めっこしていた盛岡が絵梨佳に気付いて振り向いた。
―しまった、気付かれた。
別に尾行していたわけではないのに最初にそう考えた自分を不思議に思えた。
でも、あまり話したことのない人と2人っきりという面では立ち止まっていた自分を恨んだ。
「丁度良かった、協力してくれないか?お楽しみ会でやることを決めたいんだ」
盛岡がそう言うと、自然と足が動いて黒板の前へと歩いていき、立ち止まった。
黒板には今日、お楽しみ会で何をやるのか話し合ったときに出たことが書いてあった。
そういえば、最後まで決まらないから学級委員に決めてもらうということで終わったのだった。
春休みの宿題のことしか考えていなかった絵梨佳はすっかり忘れていた。
黒板には震源地・なんでもバスケット・風船バレー・ビンゴゲーム・5W1H・爆弾ゲームなどなど小学生の頃から今まで何度もやったことがある遊びがあった。
「この中のどれかにしたいと思っているんだが、シラケないようにするために何かあるか?」
確かに企画する側から見ればそれが一番恐いところだ。
修学旅行のときは見事に盛り上がったからよかったが、その前にやったときはあまり盛り上がらなく、みんなあちこちに散らばって仲の良い人と話していたことがあった。
最後だから、そんなことをなくしたいらしい。
そこで絵梨佳はふと思った。
「あれ?加美ちゃんは?」
「原田のことか?原田は早退した。だから、俺一人でやっているんだ」
昼ぐらいに顔色が悪い加美が友達と一緒に教室へと来て、鞄を持って友達と一緒に何処かへと行った記憶が思い出された。
本当に宿題のことで絵梨佳の頭はいっぱいらしい。
「どうして?お楽しみ会前日までにやればいいんでしょ??お楽しみ会は来週なんだから今やらなくっても・・・」
「そうかもな。けどな、俺は学級委員として最後にいい仕事をしたいんだ。いい思い出を作る為に」
「いい思い出を作る為?」
「クラスが1つになってやる行事なんてもう、お楽しみ会だけだろ?最後の行事が何も残らないで終わるなんて俺は嫌なんだ。終わるなら最後も楽しく終わりたいんだ。平井はそう思わないのか?」
急に聞かれて回答を困った。
もし、盛岡の話を聞かないで友達に同じことを聞かれたらそう思わないと即答した。
盛岡の意見を聞いて、昨日か今日に絵梨佳の担任の林原先生が言った言葉が頭に浮かんだ。
『もう最後なんだから楽しい思い出を作ろうよ』
そんなこと、思っている人なんていないと思っていたけど、思っている人が目の前にいた。
そういう人にマイナスな発言をするのはとても失礼なことだ。
回答について頭の中でいろいろと考えている絵梨佳は黙ってしまった。
「言いにくいことを聞いたな、わりー」
「ううん、そんなことないよ・・・ねぇ・・・修学旅行のときに風船バレーとなんでもバスケットをやってとてもウケたよね?・・・その内のどちらかを最初にやって、次に他のをやったら・・・どう?」
「そうだな。ナイスアイディアだぜ、平井」
何故か顔が熱くなったような気がした。
もしかすると、顔が赤くなっているかもしれないと心配したが、盛岡は黒板を見て何か考えているようだった。
赤くなっているかもしれない顔を盛岡に見られなかったことに小さくガッツポーズをした。
少し盛岡を気にかけたが、考えないようにして絵梨佳は、自分の机へと行って貰ってきた絵を机の上に乗っている鞄の中にしまった。
「もう帰るのか?」と、盛岡が後ろを振り返り、鞄に絵をしまっている絵梨佳に尋ねた。
―この人は何を考えているのだろうか?
絵梨佳の思考回路は一斉にそこへと集まって来た。
「時間があればもう少し協力してくれないか?」
To be continued