サクラサク
花盛村では桜の木に異変があることに気付き、村人が騒ぎ始めていた。
村中の桜の木が桃色に輝いるからだ。
桜の木が桃色に輝くということは、桜の木に何らかの危機が起きたということを意味している。
しかも、村の空に黒い霧がかかり、その中には鬼の姿が見えた。
長老の銀杏と村人達は桜の木の下から黒い霧を見上げていて、唖然としていた。
「鬼が…」
「来てしまったか…」
「長老」
銀杏が振り返ると、そこには巫女装束を着た恵が立っていた。
手には小さな桜の花が咲いた枝があった。
巫女装束の恵を見た銀杏と村人達は驚いた顔をしていた。
「恵、その姿」
「これは我が家系の勤めですから」
恵は微笑んでいた。
村人は恵に会釈して、桜の木の幹から数歩下がった。
恵は桜の木の幹に近寄り、手を当てた。
「咲希様、奴らが来ました。申し訳ありませんが、お力添えを願います」
恵の言葉に反応するかのように桜の花が開花した。
桜の開花に村人は歓喜を上げた。
しかし、黒い霧と鬼達が消える事はなかった。
恵は持っている枝を高く掲げて、舞を踊り始めた。
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咲達は大急ぎで花盛村に向かっていた。
花盛村へ近付くにつれ、多くの桜の木が枯れ果てていた。
桜の木の力を全て吸い取られてしまったようだ。
咲は村の無事を願いながら一生懸命走った。
村に辿り着くと、村一番の桜以外の桜は全て枯れていた。
そして、村一番の桜には黒い霧がかかっていた。
黒い霧の中には、草の祠で戦ったときと同じような鬼がいた。
奴らが桜の核を狙っている奴らだと一目瞭然でわかった。
黒い霧と鬼達の隙間から桃色の光が見えた。
桃色の光の光源は恐らく桜の木だと考えられる。
辺りを見渡したが、村人の姿はどこにもなかった。
「誰もいない…」
「多分、みんな村一番の桜にいるよ」
咲は短剣を取り出して、村一番の桜の木へ走った。
その後ろから刀を抜いた欅達が追いかける。
咲の予想通り桜の木の下には銀杏と村人達の姿があった。
「咲!帰ったのか」
銀杏が咲に気付くと、村人達は一斉に咲達を見た。
村人達が無事そうで咲はほっとした。
桜の木の傍では、巫女装束の恵が正座して座っていた。
持っているのは満開の桜の枝だった。
おそらく、黒い霧と鬼達を追い払おうとしているのだろう。
「長老。お母さんは…」
「桜の木を守っておるのじゃ」
「お母さんは桜の中にいる咲希っていう人の血筋だから?」
「話は後じゃ、今はあれを止めるんだ」
「咲、春風だ」
「わかった」
咲は深呼吸をして走ったため興奮する心臓を落ち着かせた。
一体何が始まるのかと、村人は皆、咲に注目した。
人々の視線を気にせず咲は意識を集中させた。
咲の周りに心地よい風が集まる。
「春風」
集まった風は黒い霧へと一斉放たれた。
黒い霧が少しなくなったが、ほとんどはまだ桜の周りに漂っていた。
黒い霧の中にいる鬼達の数も減ったように見えなかった。
「ダメだ!これだけでは!」
「もう一回やってみる」
咲はさらに集中して、自分の周りに風を集めた。
咲の隣で、蕾も少しでもお手伝いしたいがために咲の周りに風が集まるように祈った。
蕾が手を合わせているのを見た村人達は一緒に手を合わせて、黒い霧と鬼達が去っていくのを願った。
すると、花の神に貰った腕輪が白い光を発して、弾けると咲の周りを舞った。
一段と優しい風が辺りに集まったことを咲は感じた。
これならいける、と咲は確信して、言霊を呟いた。
「春風」
咲の周りから白い花と風が一斉に放たれた。
黒い霧と鬼達は白い花と風に包まれて、消えていった。
黒い霧と鬼達が消えると、村人達からは安堵の声が上がった。
2回目は上手くいったことに咲もほっとして、腕輪がなくなった手首を見た。
おそらく、ここにいる人の思いを聞いた花の神が力を貸してくれたのだろう。
好きだった腕輪がなくなってしまって残念だが、咲は心の中で花の神に感謝した。
木の前で正座して座っていた恵は何かの印を宙に刻み、足元に持っていた枝を刺した。
その瞬間、桜の木が穂のかに光って、光らなくなった。
しばらく桜を見上げた後、恵は立ち上がった。
すると、恵は身体のバランスを崩し、後ろへよろめいた。
「お母さん!」
咲が駆け寄る前に欅が駆け寄って、恵の身体を支えた。
力を使ったのか恵は酷く疲れた表情を浮かべていた。
「恵、お前は休め」
「平気です。結界は張りましたから当分は大丈夫でしょう」
恵はしっかりとした足取りで立った。
銀杏は頷いた後、ごくろうじゃった、と言って恵を称えた。
蕾は桜の幹に近付き、そっと桜に触れた。
「咲希様…蕾です。わかりますか?」
蕾が呼び掛けるが、桜の木から反応がなかった。
反応がない桜を見て、蕾はしょんぼりとしていた。
「桜の木は核を守るために力を使いすぎたようじゃ。しばらく休ませてあげておくれ」
「…咲希様。また来ます」
名残惜しそうに蕾は桜から離れた。
やっと、咲希がいるところまで来たのに反応がないことが悲しいのだろう。
明日また声を掛けてみよう、と咲は、落ち込んでいる蕾に言った。
蕾は頷いて、焦らなくて時間はあるのだからと言って、明るく笑って言い返した。
「咲の母君よ、そろそろ咲に事情を話してはどうだ」
腕を組んだ草茅姫が恵に言った。
草茅姫が言ったことは、咲が恵に聞きたかったことだった。
恵は少し考えた後、頷いて答えた。
「そうね。立ち話も難だからうちにいらして下さい」