今日の授業を終えた龍魔とロザスは、学校の鞄を持ったままいつものように自分達の秘密基地に来ていた。
秘密基地は街外れの森の奥に立つ大きな樹木の中にある。
一見ただの樹木にしか見えないが、ある場所に設置した仕掛けを使えば秘密基地への扉が開く仕組みになっている。
中に入ると広間があり、中央にはテーブル、両端には寝袋とキッチンが置かれている。
奥には小部屋が2つあり、その小部屋にはトイレとシャワーがそれぞれ設置されていて、自由に使うことも出来る。
他にも秘密基地には日常品が揃っていて、もし、家出したときにはここに泊まることが出来る。
実際にロザスが親と喧嘩したとき、家出先として使ったことがあった。
ここの存在は親達には知られていない。
もちろん、学校の者達や町の者達にも知られていない。
知っている人はここにいる龍魔とロザス。
そして、2人の親友である桜だった。桜は龍魔とロザスがいる世界とは別の世界に住む少女である。
龍魔とロザスが桜と出会ったのは半年前だった。
いつものように秘密基地へと向かっていると、道の片隅で桜が倒れていた。
最初は死んでいるのかと思った龍魔とロザスだが、2人が近寄ると桜が身体を起こして再び気を失った。
そこから秘密基地が近かったため、龍魔とロザスは桜を秘密基地に連れてって休ませた。
次に桜が目を覚ましたとき桜は困惑していたが、すぐに打ち解けることが出来、仲良くなったのだ。
話によると桜には時空を渡る力があり、その力を使っている最中に力の制御が出来なくなり、この世界に迷い込んでしまったそうだ。
しかし、そのお陰で龍魔とロザスに出会えたからよかったと桜は喜んでいた。
それ以来、桜が時空を渡ってこの世界へ来て一緒に遊んでいた。
遊びに来る度、桜は2人のために桜が作ったお菓子を持って来てくれた。
一口食べたらやみつきになりそうなぐらいおいしいお菓子だった。
同じ味のクッキーは他にもあるけれど、桜のクッキーは特に美味しかった。
まだ9歳なのにどうしてこんなに美味しいお菓子を作れるのか、ロザスは疑問に思ったことがあった。
けど、現に高いレベルの勉強をすでにしている龍魔はそんなに凄いことだと思っていなかった。そんな桜の10歳の誕生日が近付いていた。
いつも美味しいお菓子を作ってくれる桜へお礼をしたいと考える龍魔とロザスにとって、誕生日は絶好の機会である。
桜をあっと驚かせるような凄い物をあげることを2人は強く望んだ。
しかし、桜を驚かせるにはどうすればいいのか2人は悩んだ。
珍しい物がいいと案が出たが、そういうものは過去にもう見せてしまったのだった。
桜に見せていない物と言ったら、伝説と言われる代物しかなかった。
それを探したい2人だが、桜の誕生日はあと2日に迫っていて、今から探し始めたら誕生日に間に合わないかもしれない。
時間がないため結局、桜の誕生日にちゃんと間に合うような物がいいと結論付けた。
しかし、実際には何をあげればいいのか全く浮かばない。
2人は普段の勉強以上に頭を捻っていた。
こんなところを先生に目撃されたら、真面目に勉強しろ、と怒られるだろう。
「ロザス!龍魔!」
振り返ると、2人の前には金色の瞳を持つ白い猫を抱えた桜が立っていた。
桜は小さい花柄のワンピースを着て、いつものようにニコニコしていた。
秘密基地へ入る扉は2人の後ろにあるというのに、桜は2人の目の前に居た。
きっと時渡りをして、今この世界に来たのだろう、と龍魔は直感した。
ロザスはいきなり現れた桜に「さ、桜!?」と、言いながら驚いて後ろに少し下がった。
「珍しいな。連絡もなしに来るなんて」
「お仕事が一段落したから来ちゃった…お邪魔だったかな…?」
「いや、前まで一週間に一回は来てたが、最近は三週間ぐらいに一回になったからな。来てくれて嬉しいよ。なっ?ロザス」
「あ、ああ!もちろん!」
「よかった…」
桜が安心すると、抱いている白い猫は桜の頬を舐めた。
「くすぐったい…」と言って、桜が笑うと白い猫も鳴いて喜んだ。
それを見て、ロザスと龍魔も笑った。
「あ…お菓子持ってきたの…一緒に食べよう…」
「じゃあ俺、お湯沸かしてくる」
「オレも!」
「アホ、2人で沸かしてどうするんだよ」
龍魔が笑って言うと、ロザスは不満と喜びが雑ざった気持ちを感じながら腰を下ろした。
それを見てから龍魔はキッチンへ行った。
ロザスの隣に桜も座り、近くにあるテーブルの上に持ってきた手提げ袋を置いた。
手提げ袋からはお菓子の甘い香りがした。
「桜、今日はどんなお菓子を作ってきたんだ?」
「クッキーだよ…紅茶にコーヒー…チョコとかいろいろな味があるよ…」
手提げ袋から取り出されたのは赤いリボンで結ばれたピンク色の可愛らしい袋だった。
桜は袋をテーブルの上に置いて、丁寧に結ってあるリボンを解いた。
リボンを解くと、袋がランチョンマットのように広がって、中に入っていたクッキーが顔を出した。
それと同時に抑えられていた香ばしい香りが部屋中に拡散した。
香りを嗅いだロザスは目を輝かせて、クッキーを見た。
「スッゲーな!楽しみだぜ!」
「でも…おいしいかわからないよ…?」
「桜のお菓子は絶対おいしいから!」
「ありがとう…」
丁度、キッチンから汽笛のような音がした。
お湯が沸き、龍魔は葉を入れたティーポットに沸いたばかりのお湯を直接注いだ。
龍魔はティーカップが乗ったトレイの上にティーポットを乗せて、ロザスと桜の元に戻ってきた。
テーブルの上にトレイを乗せると、ティーカップに熱い紅茶を注いでいった。
透き通った赤っぽい紅茶が、何も入っていないティーカップに注がれていく。
桜は興味深々といった顔で龍魔が紅茶を入れるところを見ていた。
全てのカップに紅茶を入れると、龍魔はそれぞれの前にカップを置いた。
紅茶からはとてもいい香りがして、桜の心を益々楽しませた。
「それじゃあ」
『いただきます』
ロザスと龍魔は一斉にクッキーに手を伸ばした。
桜はティーカップを持ち、龍魔が入れた紅茶の香りを感じながら一口飲んだ。
「…おいしい…」
「それはよかった。新しい紅茶だから桜の口に合うか心配だったんだ」
「また缶で買ったの…?」
「紅茶が好きだからな、どっかの誰かと違って」
「悪かったな、コーヒー派で」
「でも…ロザスのコーヒーもおいしいよ…ちゃんと豆を引いているから好き…」
「サンキュー。でも、桜のクッキーもおいしいぜ」
「ありがとう…作ったかいがあるよ…」嬉しそうな顔をして、桜はまた紅茶を一口飲んだ。
「次はいつ来れそうなんだ?」
「…次のお仕事はどれくらい時間が掛かるか分からないの…」
「桜の誕生日は来れねぇのか?」
「大丈夫…その日は絶対来るから…約束だもん…」
『桜、そろそろ時間です』
何処からか女性の声が聞こえた。
声が聞こえると、桜は傍にいる白い猫を見て苦笑した。
「…そっか…わかった…」
「もう行くのか?」
「うん…まだまだお仕事があるから…」
「マフィー、まだ来たばかりだからいいじゃねぇかよ」
ロザスは不満そうに白い猫に言った。
しかし、白い猫は首を横に振った。
『これでも時間を作った方です。影が協力して下さらなかったらここには来られませんでした』
女性の声はマフィーと言う白い猫から発せられていた。
白い猫がしゃべるなんてロザスと龍魔も最初は驚いたが、何度も見たためもう慣れてきていた。
マフィーの発言に桜は何故か驚いた顔をした。
同時に龍魔とロザスは、影という名を聞いて胸の奥に苛立ちを感じた。
「…マフィー…」
『申し訳ありません。ですが、桜にも休暇が必要だと思ったので』
「桜は知らなかったのか?」
「うん…マフィー…早く戻ろう…」
「ごちろうさま」と告げて、桜はマフィーを抱きかかえて立ち上がった。
「もう行くのかよ」
「ごめんなさい…でも…私の仕事だから…」
「わかった。お仕事、頑張れよ」
「うん…ありがとう…またね…龍魔…ロザス…」
寂しそうな顔をしながら、桜は飲みかけの紅茶とクッキーを残してマフィーと一緒に消えた。
1人と1匹がいなくなっただけなのに龍魔とロザスには秘密基地が広く感じられた。
「行ったな」
「…ああ」
ロザスは頭の後ろで腕を組み、床に寝転がった。
帰りぎわの桜の表情が頭から外れなかった。
「なぁ、龍魔。桜は何であんな顔していやがるんだ?」
「俺達とまた会えなくなるから、って言っても、何処か思い詰めているな」
「やっぱそう思うか?」
「ああ。今日の帰りぎわの表情、この後にある“お仕事”が関係しているかもな」
「だが、お仕事は捜索や事務系の仕事じゃねぇか。お仕事じゃなく、影の方じゃねぇのか?」
昔はあんな表情をしなかった桜だが、影という人が現れてから見かけるようになった。
その人が原因かと一番に考えたが、前に桜と影の様子を観察した龍魔には影が原因には見えなかった。
しかし、影という人が現れてから桜があんな表情を浮かべるようになったのは事実である。
しばらく会えないのは確かに寂しいが、桜の顔はそれだけでなく、何か思い詰めたような悲しそうな面持ちだった
「…わからない。桜に聞く方がいいが…」
「…あいつは話さねぇだろーが」ロザスは龍魔に背を向けて目を閉じた。
龍魔は使ったティーカップをトレイに乗せて、キッチンへ行って洗い始めた。
2人の頭には楽しそうに笑う桜が映し出されていた。
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