知らない世界



瞼を開くと、どこかわからないところにルキアは1人ぽつねんと立っていた。
瞼を閉じる前にいた場所とは違う場所にいるととっさに判断したルキアは、どうしてこんなところに立っているのか不思議に思えた。
―ここは一体どこだのだ?
突然の出来事に状況が把握出来ないルキアは、迷子の子供のように首を左右に動かした。
周りは人の姿がまったく見えなく、しかも、猫や犬など動物の声などが全くないから、この世界には自分1人しかいないように思えた。
最初は辺りがとても暗かったが、だんだん自分が立っているところは明るくなっていった。
遠くを見みると、光が点々と夜空に見える星のような光が見えてきて、その光よりも近くにある光は蝋燭の火より明るい光が見えるようになった。
何だろうと疑問に思いながら視線を下にしていくと、いつの間にか灰色の地面があって、ルキアの足元から気が遠くなるぐらいずーっと広がっていた。
左右には地面と同じ色のルキアより少し高い塀が現れて、灰色の地面と同じように永遠というぐらい続いていた。
塀の向こう側には、家らしき建物が建っていて、家と塀の間には葉が濃い緑色の樹木が見えた。
上を見上げると、蝋燭の火より明るい光がルキアを照らしていて、その向こう側には遠くにある星が点々とあった。
―この景色、どこかでみたことがある…。
急いでルキアは頭をフルに回転させて、今覚えている範囲での記憶からこの場所の記憶を探ってみた。
これがきっかけで記憶を取り戻すかもしれないという期待を胸にして。
だけど、いくら考えても覚えている範囲の場所とこの場所が一致することはなかった。
つい溜息をついてしまうルキアの耳に何処からか誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。

「ルキア!」

その足音と共に自分を呼ぶ声も聞こえてきた。
後ろを振り返ってみると、左右に分かれる道があってそこを見覚えがあるオレンジ色の髪の少年が走っていった。
―…一護…?
不思議に思ったルキアは一護の後を追った。
角を曲がると、そこには黒い着物のような服を着て身の丈ほどの大刀を背負っている一護と、チャッピーと瓜二つの少女が立っていた。
少女は一護と同じ、黒い着物のような服を着て、腰に一護よりは小さい刀をさげていた。
―あれは…私…なのか…?
チャッピーから聞いた話ではチャッピーはルキアの体を借りていて、ルキアは魂の姿になっているらしい。
元に戻すのはとても簡単だが、訳があって今はこのままにしてほしいと一護達に言われたからずっと魂だけの姿でいた。

「一護、もう終わったのか?」
「ああ」
「怪我はしなかったか?」

少女が少し心配そうな声をしながら一護を見上げると、一護は自慢気に笑った。

「今日は無傷で倒したんだぜ!」
「そうか…帰るぞ!」

少女は後ろを向いて塀にのぼり、屋根へとのぼって走って行った。
先を越された一護は「おい、待てよ!」と言いながら、少女が走って行ったように走り出した。
一護が走り出すと同時にルキアの体が浮かびあがり、何らかの力によって一護の後を追った。
移動のスピードは速いが、記憶に無いどこかで感じたことがあるスピードだった。
一護の後を追っていると、先に走っていた少女に追いて、一護が不機嫌そうに話し掛けると、少女は楽しそうに笑った。
笑っている少女につられて一護も笑顔になって、2人で何か話していた。
2人が何か話し始めると、ここからは立入り禁止ですと、警備員に止められたようにルキアの体はピタリと止まった。
何処へ行くのか後を追いたいと思い体を動かしてみようとするが、体が動かず石のように固まっていた。
2人の背中はどんどん遠くなっていくが、背中を見つめているだけで楽しい気持ちが伝わってくるように思えた。
―…とても…楽しそうだな…。
身動き出来ないルキアは羨ましそうに2人の背中が見えなくなるまで見ていた。
見えなくなると、急に辺りが暗くなり、ルキアはそこで目が覚めた。

目を覚ますと、天井があって、体を起こして辺りを見渡してみると、瞼を閉じる前までいた部屋だった。
部屋には朝日の日差しが差し込んできて、電気をつけなくても充分に明るかった。
―今のは…夢…?
不思議に思いながら、ルキアは夢で見たことを頭の中でもう一度再生した。
そこには一護とあの黒髪の少女が黒い着物のような服を着て楽しそうに話していた。
あの一護の表情はとても楽しそうだった。
いや、心の底から楽しんでいたと言った方がいいかもしれない。
だけど、今の一護はあんなに嬉しそうな表情をしてくれない。
心配させないように無理に笑っているような、どこか寂しげな表情をしている。
恋次や乱菊さん達も同じ、どこか寂しげな表情をしている。
―もし、私が記憶喪失になんかになっていなければあんな顔をせずにすんだかもしれない。
心から笑った恋次達の顔はどんな顔をしているのだろうかと、頭の中で描いてみた。
描いていると、恋次達の楽しげな笑い声が聞こえてきたような気がした。
夢で見た一護のように恋次達も楽しそうな表情をしていた。
そこには何故か夢の中に出てきた“少女”も一緒になって笑っていた。
―あの少女は私…そうだ…あれが…本来の私だ…。
そう思った瞬間、ルキアの瞳から涙がポロポロと零れ落ちた。
理解が出来ないルキアは手で零れた涙をぬぐってみた。
しかし、手で涙をぬぐっても次から次へと、涙が零れてルキアは何度も何度も目を擦った。
何回擦ったかわからないけど、やっと涙が止まてくれた。
目を擦りすぎたからきっと充血しているかもしれない。
―顔を洗ってこよう。
ルキアは布団から出て廊下を歩いて洗面所へと向かった。
廊下を歩いている間、誰にも会わなく、足音もルキアのしか聞こえてこなかったからまだ誰も起きていないのだろう。
まだ電気が付いていなかったが、所々から太陽の光が射し込んでいて普通に歩けられた。
一人歩いていると、一護の顔が不意に浮かんできた。
記憶を少し戻した時に誉めてくれた顔、記憶を取り戻さなくても励ましてくれる顔、親父殿にしかられると言って慌てていた顔。
心の中で印象に残った一護の顔が浮かぶと、顔が熱くなるような気がした。
―一護・・・。
名前を呼んだらルキアの名前を言いながら笑ってくれるような気がした。
また、思い出したい。一護との関係。一護との思い出を。
でも、思い出すには一護がいないと難しい。

「早く・・・会いたい・・・」

会って、早く記憶を取り戻したい。
洗面所に行って鏡を覗いて自分の目を見てみると、やっぱり目が赤くなっていた。
蛇口を捻って水を出し、洗顔をして濡れた顔をタオルで拭き、もう一度鏡を見てみる。
赤みがさっきよりはマシになったような気がした。
これでよしとルキアは頷いて廊下に出た。
廊下はさっきと変わらず、まだ電気が付いていなく誰も起きていない。
ルキアは昨日夕食を食べた部屋へと行って、部屋の中を覗いてみた。
誰も居なかった。
時計が丁度あったから見てみると、記憶にある起床時間と比べまだ起きるには早い時間だった。
台所らしきところへ行ってみても誰も居なく、何も手をつけられていない台所を見てルキアは閃いた。
―お世話になっているから、食事ぐらい作ろう。
そうと決めたらルキアは近くにあったエプロンを身に付けて冷蔵庫の中を見た。
冷蔵庫の中には和食を作るのにぴったりな野菜や魚、漬物があったからルキアは喜んだ。
後ろには炊飯器があって表示にはあと5分と書いてあった。
味噌などの調味料を探して見つけるとルキアは朝食の支度に取り掛かった。


To be continued

 

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