Positive promis

 



 


放課後。

まだ4時だというのに日が暮れようとしていた。

夕暮れの太陽の光が高校の校舎に授業の終わりと共に1日の終わりを伝えていた。

授業が終わり、放課後となっては帰る生徒もいれば、部活動に励む生徒も見受ける。

帰る生徒達が正門を潜る中、葵は正門の前に立っていた。

お気に入りのチェックのマフラーを首に巻き、マフラーに顔を埋めながら寒さを忍んでいた。

何度も何度も正門を見ては、冷えていく手を擦り合わせていた。

手を擦り合わせると、鞄に付いている鈴が小さく鳴った。

正門を通る生徒の何人かは、寒そうに待っている葵を横眼で見ては通り過ぎていた。

自転車が道の上を滑る小さな音がした。

顔を上げると、葵の前に自転車が止まった。



「悪い、待った?」


自転車に乗っている彰は、片手を上げながら謝った。

葵は擦り合わせていた手を止めて、彰に笑顔を向けた。



「大丈夫。行こう」

「ああ。バック、籠に入れて」


葵は言われた通り、持っていた鞄を彰の前籠の中に押し込んだ。

だが、籠が少し小さくて、籠から葵の鞄が少し外に出ていた。

落ちるからと彰は葵の鞄の紐を自分の自転車のハンドルに引っ掛けると、自転車を押して歩き始めた。

その隣を葵は置いて行かれないように彰に合わせて歩く。

前は緊張して、ステージにでも立っているのかのようにぎこちない歩き方だった葵だが、今では自然と歩けるようになっていた。

2人が付き合い始めたのはほんの数ヶ月前。

付き合い始めた頃、葵は緊張してしまい、彰が話し掛けても葵は頷いたり首を振ったりするだけだった。

以前ではクラスや部活でも普通に話せたのだが、恋人同士となってから葵は彰のことを変に意識してしまい、上手く会話出来なかった。

同様に彰と一緒に帰ることは、葵にとって緊張の連続だった。

今も一緒に帰ることに戸惑ってしまう葵だが、前と比べて少しは落ち着くようになり、自然と話せるようにもなった。

彰が話題を振ると、葵は少し考えてから笑顔で返事した。

会話が弾み、同調して2人の心も弾んだ。

学校から少し離れた角を曲ると、彰の自転車が止まった。

それを合図に葵はいつものように自転車の荷台に座り、彰の腰に腕を回した。

葵にとって一番幸せな時間。

しかし、いつもなら動き出す自転車が今日は動かなかった。

何かあったのかと葵が顔を上げる同時に彰と目が合った。

目が合った瞬間、葵は頬を赤く染めた。


「お願いがあるんだ」


彰が少し照れくさそうに笑いながら葵に尋ねた。

付き合い始めてから彰からお願いされるなんて、葵は初めてだった。



「何?」

「自転車に乗っている間、目を閉じてくれないか?」

「えっ?なんで?」

「いいから、お願い」


理由も言わず彰はただ照れ笑いしていた。

これから何が起こるのか気になるが、葵は問いたい気持ちを抑えた。

彰からお願い事を告げられたら叶えてあげたい。

それは葵の心からの望みだった。



「…わかった」


葵は顔を上げたまま、ゆっくりと目を閉じた。

目からの情報が失われて、彰が今どんな顔をしているのか葵にはもうわからない。



「ありがとう、行くよ」


優しい声がすると、彰の足が動く感覚が伝わってきて、彰と葵の体が一緒になって揺れた。

自転車が走り出したらしい。

葵は自転車から振り落とされないように彰の背中に自分の体を密着させ、腕に力を込めた。

大丈夫だよ、と彰は言いながら笑うが、葵は更に腕に力を込める。

風が葵の制服のスカートや髪を後ろへと流す。

肌を撫でる風は冷たいのにいつも触れる彰の背中は、とても温かかった。

毎日のように2人乗りをしているが、辺りが見えないために彰の背中が大きくてしっかりとしていることを改めて感じた。

幼き頃、父親に背負われているときのことを葵は思い出した。

少し遠くの公園からの帰り道。

たくさん楽しんだ葵の足はもう家まで歩く元気はなかった。

そのとき、父親が無言で葵を背負って歩き出したのだ。

いつも、無口で怒っているような表情をしている父親が疲れた娘をおぶることに母親までも驚いていた。

しかし、穏やかな表情になって嬉しそうな顔をしていた。

その帰りはとても楽しかったことを葵は今でも覚えている。

自転車が右折する。

大きな弧を描くように自転車をあまり傾けず、進んでいく。

落ちてしまうのではないか、壁にぶつかってしまうのではないかと、不安だったけど、彰の背中は葵を優しく受け止めてくれた。

次の瞬間、体が縦に大きく揺れた。

大きな段差があったようだ。



「ひゃっ!」 


前に倒れるかと思ったが、しっかりと掴まっていたお陰でその心配はなかった。

目を閉じているから、今何処なのか、どういう状態なのかわからない。



「大丈夫?」


自転車をゆっくりと止めて、葵の頭の上から彰が声を掛ける。

優しい声が脅える葵の心をすっと癒してくれた。

目を閉じたまま葵は笑顔を作って顔を上げた。



「大丈夫」

「わかった。行くよ」


チェーンが動く音がして、体が揺れた。

どうして、目を開けなかったのか葵はそのときの自分が不思議だった。

暗くて何も見えない世界。

これから何処へ連れて行かれるのか。

考えるだけで葵はドキドキした。

目を閉じている間、頼りになるのは彰の背中だけだった。

彰の背中は大きく、温かくて、心地よかった。





「着いたよ。目を開けて」





15分程経つと、自転車が高く鳴って止まった。

降り掛かる彰の声に反応して、葵は恐る恐る目を開けた。

ずっと目を閉じていたため、視界がぼやけた。

目が慣れるまで瞬きを繰り返しながら葵は顔を上げた。



「ここって…」



葵は目の前に広がる光景に息を呑んだ。

着いた場所は、この辺で最も大きい大森公園だった。

幼い頃、葵が一度だけ家族全員で遊びに行ったことがある思い出の公園でもあった。

しかし、記憶の中の公園は昼間の出来事で、夜の様子を見るのは初めてだった。

公園内のところどころにはイルミネーションが点っていた。

中央にある道に沿ってイルミネーションが敷かれていて、まるで光の道のように綺麗だった。

イルミネーションの光は公園の入口から奥へと続く道に沿って光っていた。



「降りて」



彰の言葉に従って、葵は自転車を降りて、公園の奥へと続く道を見つめていた。

ずっと奥までイルミネーションが続いていて、葵を光の世界へと誘っているかのようだった。



「行こう」


自転車を置いてきた彰が空いている方の手を差し出した。

もう片方には、葵と彰の鞄が抱えられていた。

葵が自分の鞄へと手を伸ばすが、彰が避けてしまい、葵の手は宙を掴むだけだった。

むくれた表情で葵は彰を見上げると、彰は笑顔のまま再び手を差し伸べた。

夜になり、暗くなっても彰の笑顔は輝いているように見えた。

恥ずかしげに葵は彰の手に自分の手を重ねた。

ずっと自転車のハンドルを握っていたその手はひんやりとしていた。



「…冷たい」

「葵も冷たいだろ」

「うん。寒いね」

「こうすればいい」



彰は葵と手を繋いだまま、ブレザーのポケットに手を入れた。

ポケットの中は温かくないが、冷たい風を直接受けないため、温かく感じられた。

葵が彰と顔を合わせると、彰は白い歯を見せて笑っていた。



「行こっか」

「うん」


彰が歩き出すと、葵も続いて歩き出した。

冷たくなっていた2人の手がポケットの中で互いの体温を共有しながら少しずつ温まっていく。

指と指が絡み合い、いつも以上に彰を近くで感じるような気がした。

公園への道にはカップルや子供連れ、友達同士などざまざまなグループが歩いていた。

目の前に手を繋ぐカップルを見つけた葵は、あんなふうに見えるのかと考えただけで少し恥ずかしかった。


「どうした?」

「ううん、なんでもない。綺麗だね、イルミネーション」

「まさか、これだけで満足したんじゃないだろうな?」

「ちょっと満足しちゃった」

「おいおい、本番はこれからっていうのに」



少し呆れた表情をしながらも彰は笑っていた。

大森公園のイルミネーションについては葵も噂で聞いていた。

毎年行われるこの公園のイルミネーションは豪華で綺麗だと中学の頃から聞かされていた。

高校生活に入ってもその話は聞かされていた。

クラスの友達が彼氏と一緒に行ったと聞いたとき、葵はとてもうらやましかった。

話を聞いたとき、葵は頭の中で彰と一緒にイルミネーションを観ることを思い浮かべた。

暗い夜に点々と光を放つイルミネーションを好きな人と一緒に眺めるなんて、ロマンチックなことである。

だが、彰はそういうのに興味がないと思っていた葵は、彰に行きたいなんて言い出せなかった。

幼い頃、家族でももう一度この公園に遊びに行こうと約束しても、現実とならないようになってしまうのではないかと思ったから。



「…ねぇ」

「ほら、見ろよ」

「えっ?」


彰が指差した先を見ると、柵の向こう側にクリスタルのツリーが見えた。

クリスタルの周りに光の線が流れるのでなく、クリスタルの内側から光が放たれていた。

光は時間置きに色を変えて、色の変わるとき前の色と後の色が交ざってグラデーションが出来ていた。

ツリーの頂上には周りの木から伸びた丸い電球の付いた電灯線が繋がっていた。

暗闇に立つ光のツリーは携帯写真で見せてもらったものよりも綺麗で、葵の瞳に鮮やかに映った。



「…綺麗…」

「そうだな。ちょっと待ってろ」


そう言って、彰はポケットから葵の手を出し、繋がっていた手を振りほどいて何処かへ行った。

彰が離れたというのに葵は戸惑いもせず、ただ柵の向こう側に立つツリーに見惚れていた。

次々と変わる光の色。

変わる旅にクリスタル一つ一つの色が変化していき、色と色との境には新しい色が生まれていた。

辺りのツリーから電灯線が伸び、ツリーの頂上に繋がっていた。

電灯線には、丸い電球が付いていて、白い光が雪のように光っていた。

公園の奥へと続く並木道には、金色のイルミネーションがついていて、宝石のようだった。

柵の外から見ているというのに葵はすでにイルミネーションの虜となっていた。


「はい」


戻ってきた彰は葵にチケットを差し出した。

葵はチケットと彰の顔を何度も交互に見返した。



「…えっ?」

「行こう」

「う、うん」


空っぽになった手を大きな手で握られて、葵は彰の後を付いて行った。

これは夢なのだろうか。

でも、頬に当たる冷たい風や、再び握られた手の感触は確かに現実のものである。

イルミネーションに全く興味なさそうだった彰に招待されるなんて、考えるだけで緊張した。

一緒にゲートを潜って、イルミネーションを眺めるという夢が、今叶おうとしていた。

彰と葵は役員にチケットを見せて、ゲートを通り中に入った。

ゲートを潜っただけで、世界が一変したようだった。

障害となる柵がなくなり、公園のイルミネーションが周りで輝いていた。

ゲートから少し歩くと、あのクリスタルのツリーが建っていた。

目の前でクリスタルの輝きと色の変化を見て、葵は歓喜を上げた。



「どう?」

「すごく、綺麗」

「それは良かった」


彰は葵の手を引いて、クリスタルのツリーに近付いた。

ツリーは大きく、下から照明の光に照らされて、その光を受けたクリスタルは白く反射していた。


「大きい…」

「そうだな」



葵は口に手を当てて、ツリーをまじまじと観察した。

ツリー全体が光っているのに近くでも眩しさを感じなかった。

ツリーの真下では子供達はしゃいでいて、色が変わると、また色が変わったよ、と子供が指差して喜んでいた。

辺りでは携帯やカメラのシャッター音がして、葵も彰に頼んでデジカメを取り出し、タイミングを見計らってシャッターを切った。

デジカメの確認画面に少し鮮度が落ちたツリーが映る。

新しい宝物が増えたと喜びながら葵は腕を下ろして、再びツリーを見上げた。

色がまた変わり、色のグラデーションの中で新しい色を発見した。

ツリーの後ろには、イルミネーションに飾られた木がたくさん立っていて、枝に光る電球はまるで宝石みたいだった。

幻想的と言える世界。

CGやテレビでしか見たことがないような世界が葵の前に広がっていて、ここはお伽噺の世界かと葵は勘違いを起こしていた。

聞こえてくるかすかなオルゴール音。

母の子守歌のように心地よく、葵はだんだんイルミネーションの世界に引きずり込まれていった。



「まだまだあるよ」


夢中になっている葵の手を引いて、彰は歩き出した。

現実に戻って来た葵は彰と一緒にいることを思い出し、何処かへ旅立っていた自分が恥ずかしかった。

だが、恥ずかしがっている間もなく、新しい光の世界に葵は歓声を上げた。

クリスタルのツリーの後ろには、奥の噴水から流れる小さな川が出来ていた。

噴水から流れる水に沿って植えられた茂みには、白い光の線が引かれていた。

ところどころに、トナカイの模型やテディベアのイルミネーションが飾られていた。

小さな川の水面には、蝋燭が点ったランプが浮かんでいた。


「凄い…」


光に心を奪われながら葵は水辺に寄った。

水辺にはランプの光は勿論、地上のイルミネーションが映し出されていた。

不規則に揺れる水面に映る光は月のように丸くて綺麗だった。

水の流れに逆らって、川沿いを歩いていくと、水が湧き出る噴水に着いた。

川の縁から噴水に向かって光が射し、溢れ出る水が白く光っていた。

噴水の器が白い光りレースに覆われているようで、眩しかった。



「ほら、あそこ見ろよ」


彰に言われて顔を上げると、噴水のずっと奥にある大きな木にイルミネーションが飾られていた。

青と白の光が使用されている所為か、木の先が白く、まるで雪が降ったようだった。

今度は彰の手を引いて、葵が主導権を取って小走りした。

少し離れたところで足を止めて、葵は彰と並んで大きな木を見上げた。

近くで見ても、白の鮮やかさは変わらなかった。

細い枝の間に白い光が穂のかに光り、雪を再現しているのかのようだった。


「…綺麗…」

「これが見たかったんだろ?」

「…どうしてそれを…」

「栖原達と話してるの、聞いたんだ。そのとき、葵はこの木が見たいと言ってただろ」


それは昨日の昼休みの話。

教室でいつも話している栖原が彼氏とこの公園に行った話をしていた。

そのときの光景を撮ったからと、携帯の写真を見せてもらい、葵はイルミネーションに飾られた白い木が見たい、と言った。

その会話を彰が聞いていたなんて、葵は信じられなかった。



「ありがとう…」

「どういたしまして」



照れくさそうな仕草をしながら彰は笑った。

外はとても寒いというのに胸の内側が暖かくなっていくような気がした。

頬を恋色に染めながら葵は隣にいる彰にそっと寄りかかった。

始めは驚いた顔をした彰だが、葵の頭の上に自分の頭を乗せて、葵と同じように顔を染めた。

背中と頭から彰の体温が葵へと通じ、葵の体温がまた彰へと通じていた。



 


夢のようだ。

 





幼いあの頃の約束が現実になったようだった。



 

夢で何回も見た。



 

家族揃ってこの公園へ遊びに行くこと。


 

一緒にイルミネーションを観ること。

 


だけど、叶わなかった。


 


彼とイルミネーションを眺めることもまた、はかない願い。


 

そう思っていた。


 


でもこれは夢じゃない。

 



現実。

 



これは現実なんだ。

 



幸福な時間だった。

 



心が満たされていくようだった。

 

 

 

だって

 

 

願っていた夢が叶ったから。








「綺麗だね」

「ああ」




今、2人で同じものを眺めている。

他の人も同じものを眺めているけど、2人だけこの景色で眺めているようだった。


「彰」

「何?」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「来年も来ようね」

「ああ」



葵と彰の間に将来の約束がまた一つ増えた。

 



果たせない約束ではない、確かな約束が。

 

 



 

End





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あれ?なんか足りなくない?
えっ?カット ゎら
なんか嫌になったからいいやって♪
はい
何か訂正部分があれば教えて下さい!!


一応話の中で出てきた登場人物
葵(あおい)…彰の彼女。おとなしめな女の子。幼い頃のことを大切に思っている。
彰(あきら)…葵の彼氏。意外と照れ屋さんだったり?
栖原(すはら)…葵の友達。彼氏との出来事をよく葵やクラスメートに話す。