・登場人物紹介・
武繁 遼平(たけしげ りょうへい)…長男。20歳の社会人。
武繁 美沙恵(たけしげ みさえ)…長女。高校1年生。
武繁 卓哉(たけしげ たくや)…小学5年生。拓未の双子の兄。
武繁 拓未(たけしげ たくみ)…小学5年生。卓哉の双子の弟。
武繁 美菜恵(たけしげ みなえ)…次女。小学3年生。
幸山 智香(こうやま ちか)…美紗恵の友達。
赤利(あかり)…美紗恵と智香のクラスメート。







ありがとうの日

 

 

日が暮れ、夜になろうとする道を武繁美紗恵と幸山智香は横に並んで歩いていた。
2人は学校帰りである。
高校の制服を身にまとい、楽しそうに話しながら帰り道を歩いていた。


「でね、赤利ったら…あれ?」


話の主導権を握っていた智香が何かを見つけて足を止めた。
智香が止まったから美紗恵も一緒に止まった。


「どうしたの?」
「あれ、卓哉くんと拓未くんじゃない?」


智香が見つめる先には美紗恵の弟である卓哉と拓未が立っていた。
卓哉と拓未が立っている場所は家の近くにある緑地公園である。
ランドセルが見当たらないから、一旦家に帰って遊びに来たのだろう。
家の鍵は2人のランドセルにちゃんと付けてあるから、締め出されているわけではない。
もし、誰も帰っていないとき、暇だからといって2人が公園で遊んでいても不思議ではない。
しかし、2人の様子が変だった。
2人は辺りをキョロキョロしていて、何か捜しているようだった。
かくれんぼにしていたとしても、ルール上では2人で探すなんておかしい。
不思議に思った美紗恵は公園の中に入って2人に声を掛けた。


「ただいまー」
「あ、お姉ちゃん!大変だよ!」


美紗恵に気付いた卓哉と拓未は美紗恵の元へと駆けて来た。
大変だと言っているぐらいあって、2人の表情は焦っていた。


「どうしたの?」
「美菜恵がいないんだ!」
「美菜恵が?どうして!?」


美菜恵は美紗恵の妹であり、卓哉と拓未よりも年下の妹である。
学校から帰っても何も用事がないとき、美菜恵はよく卓哉と拓未と一緒に遊んでいた。


「一緒にかくれんぼしていたら、いなくなっちゃったんだ!」
「わかった。手分けして探そう、隠れる範囲は?」
「制限はしていないんだ」
「でも、公園中を探しても見つからないんだ」
「じゃあ、2人はこの公園をもう一度探してみて、もしかしたら戻ってくるかもしれないし。私は通学路を探してみるから」


美紗恵が指示すると、卓哉と拓未は頷いて公園内を探し始めた。
美紗恵が公園を出ようとすると、智香が心配そうな顔をしながら寄って来た。


「あたしも手伝うよ!」
「大丈夫。智香は帰っていいよ」
「でも!」
「もし、帰り道に美菜恵がいたら教えてくれる?」
「わかった」


智香は急いで自分の帰路を走り始めた。
美紗恵は智香の背中を見送って、美菜穂達が学校へ行くときに使う通学路を走った。
日が暮れていく通学路には、電灯が光を照らしていた。
この時間帯は不審者や変質者が多い。
もし、美菜恵の身に何かがあったら美紗恵は亡くなった親に合わせる顔がない。
美紗恵達の両親は去年他界してしまった。
原因は交通事故。
2人が運転していた車に暴走した車が突っ込んできて、2人は死んだそうだ。
信じられなかった。
信じたくもなかった。
でも、現実は現実なのだからその事実を受け止めるしかなかった。
そのため、今は小学生の弟と妹と社会人になったばかりの兄と5人で暮らしている。
親戚か祖父母のところへ行く話もあったが、今の家の近くに住んでいるので両親と共に住んだマンションで暮らしている。
兄は社会人のため、家のことは美紗恵が管理している。
両親がいたときでも、家族の誰かがいなくなるなんてなかったから、美紗恵の不安は増すばかりである。
小学校へはすぐに着いたが、門は閉ざされ、職員室の明かりだけが点いていた。


「ここにはいないか」


美紗恵はそのままの足で来た道を走って戻った。
日の入りが早いこの季節。
時刻はまだ5時半だというのに辺りは暗かった。
また、日が暮れたために気温が寒くなっていく。
人通りも少なく、こんな暗く人通りの少ないところで小学生の女の子が一人で歩いていたら危険だ。
美紗恵は探す範囲を広げみるが、何処にも美菜穂の姿はなかった。
探せば探す程、美紗恵の思考はマイナス方面へと進んでいく。
もし、美菜穂の身に何かあったらどうしよう。
美紗恵の心に不安が積み重なっていく。
今の生活になるとき、美紗恵は自分が弟や妹達の母親になると心で決めていた。
だが、現実では母親のように振る舞えない自分がいた。
一生懸命、母親の面影を思い出しながら家事をこなしたりしているが、母親のように上手くいかなかった。
目が熱くなり、美紗恵の視界がぼやけた。
足を止めて、美紗恵は手の甲で目を擦った。
―私がしっかりしなくちゃ。
両手で頬を叩いて、美紗恵は再び走り始めた。
美紗恵が公園に戻っても、やはり卓哉と拓未しかいなかった。


「見つかった?」
「ううん」
「一旦家に帰ってみたけど、家にもいなかったよ」
「そう…もう暗いから2人は家に戻っていて、私はもうちょっと探すから」
「わかった!」
「お姉ちゃん、早く帰って来てね」
「うん、わかった」


卓哉と拓未は冷えた手を擦り合わせながら、自宅へと走って帰っていった。
2人を見送って、美紗恵は再び走りだした。
もしかしたら、卓哉と拓未と遊んでいる最中、美菜恵は友達と会って、何処かに行ったのかもしれない。
美紗恵は美菜恵が行きそうなところを手当たり次第に探した。
さっきとは別の公園、親しい友達の家、美菜穂達の秘密基地など。
思い付く場所を当たってみたが、何処にも美菜穂はいなかった。
腕時計を見ると、針は6時半を示していた。
そろそろ夕飯の用意をしないと、卓哉と拓未がお腹を空かしている。
それに家には電話がある。
もしかしたら、美菜穂から連絡が来ているかもしれないし、行き違いで美菜恵が帰っているかもしれない。
美紗恵は疲れた足を無理矢理動かして自宅へと戻った。
部屋には明かりが点いていて、美紗恵を安心させた。
階段を登り、自分の家の扉の前に着くと美紗恵は鍵を開けて中に入った。


「ただいま」


パーン
美紗恵が家に入ると、クラッカーの音がした。
何事かと美紗恵が顔を上げると、そこにはクラッカーを持った卓哉、拓未、美菜穂、智香、遼平が立っていた。


「誕生日おめでとう!お姉ちゃん!」
「おめでとう、美紗恵」
「えっ?ええっ!?」


美紗恵はこの状況をよく掴めていなかった。
美菜恵がいることは喜ばしいことだが、家に帰ったはずの親友がここにいることと、今日は夜が遅いと聞いていた兄がいることが驚きだった。
呆然と美紗恵が立ちつくしていると、美菜恵が傍に寄って来た。


「心配掛けてごめんなさい。でも、お姉ちゃんをビックリさせたかったの」
「じゃ、じゃあ、美菜穂がいなくなったのは?」
「嘘なんだ!」
「嘘吐いてごめんなさい」
「よ、良かったぁ…」


美紗恵はその場に座り込んだ。
今更になって、酷使していた足が悲鳴を上げていることに美紗恵は気付いた。
明日は起き上がることがせず、床を這いつくばっている自分が容易に想像出来た。
突然美紗恵が座り込んだから、智香や美菜恵達が心配していた。
だが、遼平だけは腕を組んで笑っていた。


「悪いな、美紗恵。みんなお前をビックリさせたかったんだ」


遼平のその一言で、美紗恵の中で抑え込まれていた感情が破裂した。


「兄さんの意地悪!美菜恵!あんまり心配掛けないでよ!私の誕生日だからってこんなことして!迷惑なの!」


声を荒げて、美紗恵は言い放った。
言った後に美紗恵は自分の言葉に後悔した。
美紗恵の言葉に遼平と智香が驚いた顔をしていた。
もちろん一番怒られた美紗恵は泣きそうな顔になったことはいうわけでもない。


「お姉ちゃん、ごめんなさい」


美菜恵は事の重大さを多いに感じて、泣き始めた。
美菜恵が謝ると、卓哉と拓未も一緒に謝った。


「お前等は先にリビング行って、パーティの用意をして来い」
「でも…」
「いいから」


遼平がそう言うと、卓哉と拓未が頷いて美菜恵を連れてリビングへ行った。
嫌な沈黙が玄関に流れた。
智香は溜息を吐いて、持っている鞄の中から袋を取り出して美紗恵に差し出した。


「美紗恵、これあたしからのプレゼント」


美紗恵は智香から包装された袋を受け取った。
よく智香と美紗恵がショッピングするときに行く、行きつけの店の袋だった。


「あ、ありがとう…智香」
「ということで、あたしは帰るね」
「えっ?」
「またね明日ね、美紗恵」
「お、送っていくよ!」
「美紗恵はやることがあるでしょ?それじゃあ、お邪魔しました」


智香はさっさと靴を履いて、出て行った。
残された美紗恵はポカンとした顔をしながら手を振って見送った。
その顔を見て、遼平は笑い声を上げた。


「何みっともない顔してんだよ、お姉ちゃん?」


からかうような声で遼平は言った。
その言葉が怒り静まった美紗恵を再び怒らせた。


「何よ!兄さんはいいよ!気楽で!!」


美紗恵は遼平を睨み見上げた。
すると、遼平は美紗恵の頭の上に手を乗せた。
何かと美紗恵が言うと、遼平は優しい眼差しをしていた。
その眼差しに美紗恵は見覚えがあった。
まるで去年、母親と共に他界した父親のような眼差しだった。


「そんなに頑張るなよ。たまには肩の力を抜け」
「でも!私が…!」
「俺達はあいつらの親には一生慣れないんだ。けど、“家族”にならなれるだろ?だから、そんなに頑張んなくたっていいんだよ。あいつらだって、そんな餓鬼じゃないんだから」


両親が他界しても、遼平の行動は変わらなかった。
変わったと言ったら、前よりも家事をするだけでそれ以外は変わらなかった。
弟や妹達は遼平にみんなで仕事分担だ、と言われて簡単なお風呂掃除や皿洗いなどを分担してやっていた。
一方美紗恵は、母親になろうとばかり考えていた。
何でも自分で管理しなければならないと考え、遼平にも相談せずに考え込んでいた。
弟や妹達の前でも母親のように仕切っていた。
だが、遼平の言葉で美紗恵の考えが一変した。
一人で管理せずにみんなと相談すればいい。
だって、私達は“家族”なのだから。


「…ありがとう、兄さん」
「お、お姉ちゃん…」


リビングから美菜恵が恐る恐る美紗恵を呼んだ。
美菜恵の後には卓哉と拓未が立っていた。
美紗恵は美菜恵と目が合うと、笑顔になった。


「待ってて!今行くね!」


美紗恵がそう言うと、美菜恵は嬉しそうに笑った。


「うん!早く早く!」


美菜恵が手招きをすると、遼平が美紗恵の背中を押した。
早く行け、と言っていることが容易にわかった。
美紗恵は靴を脱いで、笑顔でリビングへと飛び込んだ。






end





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・あとがき・
 なんとなく、こういうのが書きたかった星影です。
ぶっちゃけ言って、本当に生活できるのか知りません(笑)
仮に出来たらこうなるのかな、なんて…
こういう上がほしいなぁ、なんて思いながら書きました(´∀`)
あー春休み中にどれぐらい消化できるかな?
では!