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朝の時間。
教室内は生徒の声と足音、椅子を引く音で満ち溢れていた。
普通に賑やかな教室だが、小乃枝にとっては耳栓を付けたいと思うぐらい周りの音や声が耳障りに思えた。
今、小乃枝は小説を読んでいた。
本当は落ち着いた環境で本を読みたいが、態々、移動に手間が掛かる図書館へ行くのが面倒だと考える小乃枝は仕方なく教室で読んでいる。
でも、HRが始まる前や昼休みの間は、時間に余裕があるからということで小乃枝は図書室に通っている。
今は図書館が今日は早めに閉まってしまったから、いつもギリギリまでいる小乃枝は仕方なく教室に来たのだった。
この学校の図書館を小乃枝は公共の図書館と同じぐらいに気に入っていた。
前の学校の図書館にはあまり小説が置かれていなく、資料本ばかりだった。
だから、小乃枝は仕方なく、駅の近くにある公共の図書館に通っていた。
しかし、この学校の図書館にはたくさん資料本があるというのに、たくさんの文学作品は勿論、最近の小説本が置いてあって、小乃枝は思わず20冊も借りたいと、図書室にいる図書管理の人に言ってしまった。
だが、一人5冊という規定があるから、小乃枝は必死になって考えて5冊に絞ってその日は立ち去った。
それからというもの、小乃枝は通学時の電車の中で読んだり、休み時間の合間に読んだりしていた。

「なんで小説を読んでんの?」

隣の席に座っている大横っていう男子が小乃枝に声を掛けてきた。
突然声を掛けられたから小乃枝は少々驚いた顔をして大横を見た。
大横と小乃枝は話したとしても、教科書を見せてほしいときか実験のときにこれやってと大横に言われる以外では全くなかった。
いつも必要最低限しか話さないのにどうしていつもしている読書について突っ込まれなきゃいけないのか、小乃枝は疑問に思った。

「…楽しいから」
「なんで?」
「それは…楽しいから…あんただって小説を読んでいるじゃない。それと同じよ」
「小説を読んでいるからって全員が同じような感覚で読んでいるわけじゃないだろ?お前はなんで読んでんだ?」

 ―この人は何を言いたいのだろう。
男子とあまり話した事がない小乃枝は大横に少々警戒心を抱いた。

「…そのひとの気持ちに浸ることが出来るから…」
「浸って楽しいの?」
「煩いなぁ、楽しいと思うから浸っているんでしょ!」

あまりにも大横がしつこかったから、小乃枝は声を荒立ててしまった。
声を荒立てた瞬間、小乃枝はしまった、と口に手を当てるが、言ってしまったのだからもう遅い。
クラスの一部の人達が不思議そうに小乃枝と大横を見てくる。
大横は「あっそ」と言って興味なさそうな反応をとった。
 ―何がしたいの!?こいつ!!
意味がわからないことする大横に小乃枝は腹が立った。
でも、ここで一人で怒っても仕方がないと考えた、小乃枝は大人しく続きを読み始めた。
今読んでいる小説は小乃枝がお気に入りの本となろうとしている本だった。
まず、この本の作者が小乃枝の好きな作家であること。
しかも、その作家は小乃枝が好きなミステリー小説の作家で、内容も小乃枝の心をときめかせる内容だった。
読んでいて、主人公の1つ1つの動きと、周りの1つ1つの動きにドキドキとハラハラを感じて小乃枝はとても楽しんで読んでいた。
そんな中を大横に邪魔された小乃枝は苛立ちを抑えながらも、本の世界に入って行く。
本の世界に吸い込まれていく小乃枝を横目で見た大横はまた口を開く。

「浸るのもいいけど、それって単なる現実逃避だろ?」
「えっ…」
「そして、読んだ後、自分もこういうふうになりたいと思ったり、その人になりきってみたりして、本当の自分から目を離す。最終的には本当の自分を失ってしまう」
「何が言いたいの?」
「小説ばっかり読んでないで、少しは現実を見てみたらどうだってことだ」
「あ、あんたに言われる筋合いはないよ!」
「図星だな」
「うっ…」

痛いところをつかれた小乃枝は言い返す言葉を失った。
大横はというと、やっぱりなと言ってニヤリと笑って、話を続ける。

「現実を怖れるのは誰だって同じだ。だが、怖れて逃げても意味がないだろ?なら、怖れずに現実をみればいい。逃げてもいいが、何も始まらないんだ。伊澤はたくさん本を読んでそうだから、そういう話を一度は読んだことあるだろ?」
「まぁ…あるけど…」
「なら、どうしてその話みたいに前を向かないんだ?まぁ、答えは簡単だよな。さっき俺が言った通りだ」

何もかもお見通しという顔をして大横は言う。
その態度が小乃枝には気に入らなかったが、大横が言っていることは本当だから維持を張ったり、誤魔化したり出来なかった。

「…今のこと、あんたが読んだ小説に書いてあったの?」
「いいや。似たようなことが書いてあっても、今のは俺の推測で、俺の考えだ」
「……」
「一人で見るのが怖ければ、言えよ。俺が手伝ってやるからよ」
「…知らないくせに…」
「人との交流が苦手ということが、か?」

弾かれたように小乃枝は大横を見る。
そのときの大横を見た小乃枝には、名探偵大横は何でもお見通しです、と雰囲気で語っているように見えた。
こんな人が自分の好きな役である、名探偵のように思えることに、小乃枝はそう考えてしまった自分に失望した。
態度がデカかった大横は普段、大横の友達と一緒にいるときに見せる笑顔で小乃枝を見る。

「そんなの見ていればすぐにわかるぜ。転校してきたあんたにとってはクラスの奴等がそれぞれのグループを作っているこの時期はキツイよな」
「…わかっているじゃない。なら「だから、俺が手伝ってやるって言ってるだろ?」
「…えっ?」
「わからないのか?俺がこの学校で初めての友達になってやるってことだ」

 ―こんな言葉を聞いたのは何年ぶりだろうか。
小乃枝はふと、小学校にあった転校した日のことを思い出した。
しかし、同時に嫌な記憶も思い出してしまって、小乃枝の表情は曇った。

「…やめた方がいいよ。私、性格悪いから」
「別に、お前より性格が悪い奴なんてうんといるしな」
「でも、本当にやめた方がいいよ」
「却下。俺は引くつもりない」

大横は真剣な目をして小乃枝を見た。
大横の瞳には小乃枝が映っていて、小乃枝の瞳には大横が映っていた。
どうしてここまでしつこいのか小乃枝には理解が出来なかった。
何で今、こうやって話し合っているのか、別にクラスで誰か一人が一人ぼっちになってもいいと小乃枝は一生懸命考えた。
 ―もしかして、先生が仲良くするように頼んだかもしれない。
担任の先生はとんでもなくお節介な人だなぁと、小乃枝は溜息を吐きたくなった。
しかし、小乃枝はここで拒否することが出来そうがなかった。
ここで拒否してしまったら他の人からまたこういう会話が出てくるかもしれない。
そういうことは小乃枝は避けたかった。

「…いいよ」
「よっしゃ!よろしくな、小乃枝」
「…いきなり下の名前?」
「親しいんだから小乃枝でいいだろ?」
「…あんたって人「翔冶」
「…はい?」

何を言っているの、というような顔をして小乃枝は大横を見る。
大横は白い歯を見せて爽やかな感じで笑っていた。

「俺はあんたっていう名前じゃねぇ、翔冶だ」
「じゃあ、大横」
「翔冶と呼んで」
「…翔冶」
「サンキュ。そろそろ来る頃だな」
「えっ?」
「おはよ、翔冶」

大横の後ろから同じクラスの女の子が、大横に声を掛けた。
人が来たから小乃枝はもう大横と話さなくていいと思い、小乃枝は本をまた読み始めた。
来た来たと翔治は言いながら、後ろを振り向いて女の子を見上げた。

「おはよ、葵保」
「もう話し掛けたの?」
「ああ」
「…わたしが来るまで待ってくれたっていいじゃない」
「お前は仕事とか真面目な癖に学校に来るのが遅いから悪いんだろ」
「…仰る通りです。これからは早く来るようにします」
「と言って、早すぎるなよ。この間は早く来ると言って6時に学校に着いていたそうじゃねぇか」
「それは目覚ましが壊れていたからだよ。って、伊澤さんがまた本を読み始めているじゃない!伊澤さん!」

葵保は小乃枝のことを呼ぶが、本に嵌っている所為か、反応がなかった。
本に夢中の小乃枝はページを捲ってはまた目で字を追っていく。
反応してくれない小乃枝を見て葵保は翔治を睨んでから小乃枝のところに行った。

「おはよ!伊澤さん」
「あ…おはよう」

返事をするが、小乃枝はまた本に視線を移す。
小乃枝の様子に葵保は頬を膨らせた。

「ちょっと、翔冶!翔冶の所為で伊澤さんが反応してくれないじゃない!」
「俺の所為かよ。お前の接し方が悪いんじゃねぇの?」
「何言っているの!ねぇねぇ、伊澤さん。翔冶が何か変な事を言っていたら気にしなくていいからね」

目を潤ませながら葵保は小乃枝の片手を掴んで、上目使いで小乃枝を見た。
いきなり、葵保に手を握られた小乃枝は戸惑った。
隣にいる翔治は呆れた目で葵保を見た。

「人の所為にするな。小乃枝、俺、何もしてねぇよな?」
「あっ!もう名前で呼んでいるの?ズルイ。わたしも伊澤さんのこと小乃枝と呼んでいい?」
「えっ…いい、けど…」
「やったー!あ、わたしは志賀葵保だよ。葵保って呼んでね」
「葵保、ちゃん」
「ダメだよ。ちゃん付けじゃなくて、呼び捨てで呼んで」
「葵、保…」
「何?小乃枝」

葵保は嬉しそうにニコニコと笑いながら返事をした。
その表情には偽りが見えず、小乃枝の中にある葵保への警戒心が不思議と薄れた。

「これで俺達友達だな」

 ―下の名前を呼ぶだけで友達なの。
勝手に友達とされた小乃枝は不満に思いながら無表情で翔治を見る。
 ―もしかしたら、二人共、先生に頼まれたのかな。
一人ならともかく、二人までも言われていることを考えると、小乃枝は先生に対する不満が増えた。
すると、葵保が小乃枝の肩を軽く叩いた。

「小乃枝、翔冶は無視して二人仲良くしていよ」
「えっ?」
「いいや、小乃枝。葵保なんか無視して二人で仲良くしてようぜ」
「えっ?えっ?」
「邪魔しないで、翔冶」
「邪魔すんのはお前だろうが、葵保。俺に譲れよ」
「却下。誰がアンタなんかに小乃枝を渡さないから」
「何だと?」
「何?」

言い合いをしながら二人はだんだん、お互いを睨み合っている。
二人の間に微妙な空気が漂っていた。
だけど、そんな空気の中に、何故か小乃枝だけは笑った。
睨み合っていた二人は気が抜けた顔をして小乃枝を見た。
だけど、小乃枝は二人の様子を気にせずに笑い続けている。
笑っている小乃枝を見た翔治と葵保は、だんだん緩んでいって次第に小乃枝のように笑った。
クラスの人達はどうしたの?という顔をして笑い続けている三人を見ていた。
 ―こんなふうに笑ったのはいつ以来だろう…。
笑いながら、小乃枝は傍で笑う翔治と葵保をそれぞれ見た。
 ―友達か…。
今まで作る気さえも起きなかったこと。
たまにはこういうこともいいかな、と小乃枝は嬉しく思えた。

 

 

 

 

 

 

end

 

 

 

 

 

 

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あとがき

えっと、なんか書きたかったのです!きっと!

人間不信っぽい子の話が!!多分!

続きは…あるのでしょうか?

…昔書いた話なのでよくわかりません。

登場人物
伊澤小乃枝(いざわ このえ)

大横翔冶(おおよこ しょうや)
志賀葵保(しが きほ)