携帯を忘れ・・・

 

 

 

 

 

 

 

春休みのとある朝・・・
今日は部活がないというのに私は少し荒い息をしながらも道を走っていた・・・。

「ハァ・・・ッハァ・・・ッ」

私、木澤捺世(きざわなつよ)は今走っています。
どうして走っているかって?
それは数分前・・・私は家の中にいて食器をキッチンに運び皿洗いを始めよう、と思っていたら突然電話がなりました。
家には私とお兄ちゃんしかいなく、お兄ちゃんは眠そうな顔をしながらリビングのソファに座りテレビを見ていて出る気配はなさそうだったので私が出ました。

「はい」
「あっ!捺世か?」

電話の向こうから20分ぐらい前に家を出て会社へ向かったはずのお父さんの声が聞こえてきた。

「お父さん?どうしたの?」
「悪いけど、駅に父さんの携帯を持ってきてくれないか?」
「えっ!?」

不思議に思った私はリビングを見渡してみるとソファの前にあるテーブルの上に紺色のお父さんの携帯が置いてあった。
厭きれた・・・と思った私はため息をした。

「・・・わかった、今から駅に持っていくね」
「ああ」

電話を切ると私はテーブルの上に置いてあるお父さんの携帯を手に持ちポケットに入れ、何かあった時の為に自分の携帯も持った。

「お兄ちゃ〜ん!ちょっと行ってくる〜!」
「いってらっしゃーい」

眠そうな顔をしているお兄ちゃんに言うと私は鍵を閉めてお父さんが待っている希望が丘駅へと走って行った。
走っていると前に会社に向かっている人や学校に向かっている人が歩いていて今から働きに行くんだ・・・大変そうなだぁ・・・と思いながらその人達を抜かして駅へと走って行った。
今日は風が少し吹いていて気温は暖かい方、走っている所為か私の長い髪がさわさわと耳元で五月蝿く揺れていた。
部活がなくいい天気に走らされる私って・・・と少し悲しく思いながら走っていると希望が丘駅に到着した。
到着した私は早く携帯を渡さないと・・・!と思い急いでお父さんの姿を探した。
しかし、改札口までの道、改札口、改札口の中と探してみたがお父さんの姿はなかった。
何処にもいない・・・と思う私に孤独感と恐怖が同時に襲ってきた。
前に一度だけ孤独感と恐怖が同時に私に襲ってきた事があった。

 

 


小さい頃、私はお父さんとお母さん、お兄ちゃんと初めてデパートに行き私は初めてのデパートにおおはしゃぎしてデパートの中を走り回ったりしていた。
そしたら、お父さん達とはぐれてしまい1人ぼっちになった私はそこで初めて恐怖を知った。
周りは知らない人ばかりで私の近くを通り人達は1人でいる私をちらちらと見てきていた。
孤独感に陥った私は泣きそうになったけど、私の瞳から涙が一滴もこぼれなかったし瞳が潤んだりしなかった。
泣きたいはずなのに私は泣かなかった、今でも当時どうして泣かなかったのか不思議に思っている。

「どうしたの?」

1人ぼっちな私に知らない男の人が話し掛けてきた。

「迷子になったの?」

その男の人は優しそうな声で私に話し掛けてきていた。
でも、私は優しそうな人なのにその男の人が怖い・・・近付きたくない・・・と、拒絶していた。
この人から逃げよう・・・そう思った私は少し後ろへと数歩下がり後ろを振り向いて走った。
逃げた私はあの男の人は私を追いかけてきたのだろうか、と思い後ろを見ようと思ったが怖くて振り向けずそのまま走って行った。
もし、追いかけていたら捕まる・・・と思った私は近くにあった、洋服売り場の服と服の間とかワゴンの下など小さい子しか通れなさそうな場所を通りながら逃げた。

「捺世―!捺世―!」

必死になって逃げていると私を呼ぶお父さん達の声が耳に届き、私は急いで声が聞こえる方へと全力で走って行った。

「お父さん!お母さん!お兄ちゃん!」
『捺世!』

私を見つけたお父さん達は私のもとへ駆け寄ってきて私を強く抱き締めて説教をしながらもとても心配そうな顔をしていた。
その後、私はお父さん達と一緒にデパートの食品売り場で買い物をして家へと帰っていった。
あの男の人には2度と会わず私はほっとした。

 

 


その日以来私は知らない男の人が怖くなり絶対に近付いたりしないようにしていた。
また・・・あの時のように知らない人に話し掛けられるのかな・・・と思いながら私はとても不安に思いながらお父さんを探した。
しかし、いくら探してもお父さんの姿が見えず私は自分の携帯を取り出して家にいるお兄ちゃんに電話をした。

「お兄ちゃん、お父さんが見つからないよ−」
「出てから20分だろ?駅までは徒歩10分ぐらいなんだから、親父はもう電車に乗っていると思うぜ」
「えっ!?じゃあ、携帯は・・・」
「親父は一旦、駅に戻ってくるんじゃねーの?」
「そう・・・わかった・・・ありがとう」
「ん」

お兄ちゃんの言う通りかもしれない・・・と思った私は改札口でお父さんを待った。
少し経つと駅に電車が到着したのかたくさんの人が階段を登ってきた。

「お父さん・・・あの中にいるのかな・・・?」

期待をむねに私はお父さんの姿を一生懸命探しながら呟いた。
たくさんの人が改札口を出て行くがそこにはお父さんの姿はなくどうしよう・・・と、私にまた孤独感と恐怖が襲ってきた。
絶対いるはずなのに・・・と、私は改札口の中にいる人の中からお父さんの姿を探した。
そしたら、たくさんの人達から少し遅れてきたお父さんの姿を見つけた。

「お父さん!」

お父さんに向かって手を振り私はとても嬉しく思いながら改札口の中と外の境目となるさくへと駆け寄った。

「はい、携帯」
「ありがとう、これでもう安心だ」

お父さんは私にとても嬉しそうな顔で笑ってくれて私はなんだか照れくさい気持ちになった。

「もぅ!会社に遅れても知らないからね!」

私が言うとお父さんは笑いながら会社へと向かう為、ホームへと階段を下りていった。
お父さんが階段を下りていくところを私は見守り、お父さんの姿が見えなくなると家に戻ろうと思いさっき通った道を走って戻っていった。
行きと逆向きだが同じ道を通り行きと同じように髪がさわさわと五月蝿く耳に聞こえた。
でも、行きに思っていた感じとは少違う明るい気持ちがした。
私って・・・髪の毛がさらさらだったんだ・・・と少し照れくさく思いながら私は家へと戻っていった。

 

 

 

 

 


end

 

 

 

 


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